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臨床

先天性脳疾患の治療

1.先天性脳疾患とは?

脳と脊髄(これらを中枢神経と呼びます)は卵子が受精してから約18日という非常に早い時期からその形成が始まります。そしてその分化、発達は複雑かつ長期にわたるために障害を受ける頻度は他の身体器官に比べてはるかに高いのです。障害される原因はまだ充分に分かっていませんが、一部には環境によるものが、また一部には遺伝的な異常があります。


2.どのような病気がある?

先天性脳疾患は多岐にわたり、先天的な異常そのものを直すことはできませんが、放置すれば病態の進行あるいはその後に新たに加わってくる病態により患児のその後の脳の発達を、あるいは生命そのものを脅かす可能性がある疾患が私たち脳神経外科医の治療の対象となります。その主なものには水頭症、二分脊椎、狭頭症、脊髄空洞症を伴うキアリT型奇形などが代表的なものです。以下にそれぞれについて簡単に解説します。


3.脳神経外科で治療する代表的な先天性脳疾患

1)水頭症

 脳及び脊髄はくも膜という薄い膜で覆われ(くも膜下出血のくも膜です)その間(くも膜下腔)は脳脊髄液(髄液)で満たされています。髄液は主に脳の中にある脳室の中で作られ(1日の産生量は500 mlに達します)、脳室の出口から脳の外表面、すなわちくも膜下腔にでてそこを循環して最終的には静脈の中に吸収されていきます。脳室の容積は30 ml、頭蓋内と脊髄のくも膜下腔のそれは110 mlですので合計140 mlの髄液が存在することになり、従って1日に3-4回の髄液の入れ替えが起こっていることになります。この髄液が脳室内または頭蓋内くも膜下腔に過剰に貯留した状態を水頭症と言います。

病因により水頭症を分類すると以下のようになります。

  1. 先天性水頭症
    1. 先天異常に伴うもの
      1. 中脳水道閉塞によるもの
      2. 二分脊椎などに伴うもの
    2. 胎内での感染によるもの
      サイトメガルウイルス、トキソプラズマなど)
  2. 後天性水頭症
    1. 髄膜炎などの炎症後
    2. 頭蓋内出血後
    3. 外傷後
    4. 脳腫瘍によるもの

 水頭症の症状は患児の年齢によって異なります。2歳くらいまでの乳幼児期には頭蓋縫合が開存していることより頭が大きくなる(頭囲拡大)のを特徴とし、一般的な頭蓋内圧亢進症状である頭痛(不機嫌や啼泣)や嘔吐はあまりみられません。頭が大きくなることによって圧の亢進が緩和されるのです。また脳室の拡大により眼の運動を司る神経が傷害されて眼が下方に変位する症状(あたかも夕陽が地平線に沈むように見えるので落陽現象と呼ばれます)がみられます。一方、もう少し年長になると頭囲拡大の頻度は低くなり、いわゆる頭蓋内圧亢進症状である頭痛や嘔吐がみられるようになります。

 治療は過剰に貯留した髄液を図が以外の体腔へ誘導する方法が一般的です。多くは脳室内の髄液を腹腔に誘導する方法(脳室−腹腔シャント)がとられます。一昔前はシャントの圧設定が固定式のバルブしかありませんでしたが、最近は手術後いつでも圧の設定を変更できるバルブが普及して個々の患児にとって最適な圧設定が可能となりました。またある条件を満たす症例においては頭に小さな穴を開けるだけで行える内視鏡手術(第三脳室開窓術)も行っています。


2)二分脊椎

 卵子が受精後およそ18日目から神経管の形成が始まります。これはちょうど川を挟む土手が次第に盛り上がり川の上でアーチをかけるように融合するようなことを想像していただければよいと思います。ある一カ所から始まった融合が次第に両脇に拡がり、最終的には受精後26−27日目に完全に閉じて一本のチューブ、すなわち神経管が形成されます。そして一方の端が次第に厚みを増して脳となり、その他は脊髄となります。この神経管の形成が障害されて起こるのが二分脊椎で、おなじことが脳の側にもおこりますが、その頻度は脊髄の方がずっと多いのです。最も重症なもの(脊髄髄膜瘤、脊髄披裂)は脊髄が直接露出しているもので、これは生後すぐに修復手術が必要です。通常水頭症を合併しているので之に対する治療も必要です。もっと軽症のもの(腰仙部脂肪腫、先天性皮膚洞など)は脊髄が露出することなく皮膚に覆われていますが、脂肪などの皮下からの組織が脊髄に癒着して脊髄を牽引し、将来足の変形、足や腰の痛み、排尿障害などの症状がでてくる可能性があり早期に手術してそれを解除する必要がある症例があります。

  最近この二分脊髄、ことに脊髄髄膜瘤や脊髄披裂の発生と葉酸との関係が注目されています。葉酸の投与が脊髄髄膜瘤、脊髄披裂の発生を有意に低下させたという大規模な臨床研究がイギリス、ヨーロッパ7カ国、中国で行われ、平成12年には厚生省から「神経管閉鎖障害の発症リスク低減のための妊娠可能な女性等に対する葉酸の摂取に係わる適切な情報提供の推進について」という文書が出されました。それによりますと妊娠1ヶ月以上前から妊娠3ヶ月まで食事に加えて1日0.4 mgの葉酸を摂取すれば神経管閉鎖障害の発症リスクを28 %低減できるというものです。ただし葉酸摂取量は1日1 mgを越えないこととされています。葉酸はビタミンB群に属する水溶性ビタミンで大豆、ほうれん草、乾燥わかめ、果実などに多く含まれ1日0.4 mgの葉酸は野菜350 g、果実150 gで摂取可能ですが、充分な摂取ができていない可能性があります。また喫煙は血中葉酸値を下げることが指摘されており、妊娠前後の女性は避けなければなりません。


3)狭頭症

 頭蓋骨はいくつかの骨(前頭骨、頭頂骨、側頭骨、後頭骨など)から成っており、それぞれの骨のつなぎ目は縫合と呼ばれます。新生児の脳の重量は330 g、これが倍の660 gに成るのは生後6ヶ月、2歳では1000 gになります。すなわち生まれて間もない時期の脳の発育は著しいものがあります。この脳の発育に応じて先の頭蓋縫合のところから新しい骨が形成されて頭蓋が大きくなっていきます。ところがこれらの頭蓋縫合の一部、あるいは複数が生まれつき閉じてしまっていてそこから新しく骨を作れない状態が狭頭症です。一方、脳はこれとは無関係に発育していきますから閉じてしまっている縫合のところはそのままで、開存している縫合の部分を中心にして発育していき、その結果いびつな頭の形となります。これを防ぐためにできるだけ早い時期に、できれば生後3ヶ月以内に頭蓋形成術を行い、正常な形に発育するようにします。狭頭症を放置した場合に知能発育に障害を来す頻度は5 %位で、手術は美容的意味合いが強くなります。ただ頭の形状がいびつであることがいじめなどにも関係し、患児の精神発達に影響を及ぼしますのでその意味で重要な問題です。


4)キアリT型奇形に伴う脊髄空洞症

 キアリT型奇形というのは小脳の一部が頸椎内へ陥頓しているもので、これにより頭蓋内と脊髄との間の髄液の交通が遮断され脊髄の中に水が貯留してくるものです。これにより手の感覚障害や麻痺、筋肉の萎縮、あるいは足の突っ張りや麻痺が起こってきますが、それらとともに脊椎の側湾が起こることも重要です。脊髄内に水がたまって脊髄の神経細胞が傷害されるためにこれらの症状が起こります。小児期に発症した脊髄空洞症の多くに側腕がみられ、学校の検診などで側湾が発見されたら必ずキアリT型奇形の有無と脊髄空洞症の有無を確認しなければ成りません。治療は小脳が陥頓している場所の減圧を行えば、脊髄に手を触れることなく空洞がなくなっていきます。