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研修だより

二年間の研修をふりかえって

熊本大学医学部附属病院群臨床研修医 C1コース 2年次 青木 早織

 私は熊本大学医学部医学科を平成二十一年に卒業し、熊本大学医学部附属病院群の臨床研修医として、医師の道を歩み始めました。一年目は社会保険下関厚生病院で、二年目は熊本大学医学部附属病院で研修しました。


 一年目は消化器内科、糖尿病血液内科、外科、循環器内科、麻酔科を各二ヶ月、八月に救急、九月に脳外科を各一ヶ月研修しました。このほか、月三回の救急当直がありました。この順序と診療科は希望によるものではなく、最初から定められていました。もし希望を問われていたら自分では選択しなかった診療科もありますが、振り返ればどの診療科の研修も必要でした。自分の希望通りに研修できるコースは魅力的であり、選択の自由が大きいことは有難いことですが、折角の機会を失っているのかもしれません。

 一年目の研修先に下関厚生病院を希望したのは、学生気分から抜け出すため大学病院以外で研修を始めたかったこと、生まれ育った熊本県を出たかったこと、そして見学の際に魅力的な指導医がいらしたことが理由です。学生時代の恩師の「自分がこの人と同じ年齢になったとき、自分はこの人に及ばない、と思える人の下で学べ」という言葉が浮かび、この先生の下で懸命に学べば自分の何かが変えられると感じました。指導医の口癖は「今の研修医は甘えていて積極性が足りずダメだ。患者さんにとっては研修医も指導医もなく医師なのだからプロ意識を持て」でした。厳しい言葉ですがその通りでした。下関を離れる三月にも同じ言葉を贈られ、あの情けなさと悔しさは一生忘れてはならないと思います。

 下関では嬉しい出会いや恥ずかしい経験が多数ありました。今はそれが私を支える大きな柱です。まず、熊本大学と縁のない指導医や研修医と触れ合えたことは新鮮でした。出身大学にこだわらない温かくも力強い指導を受け、多彩な考え方を学ぶことができました。また、看護師、放射線技師、臨床検査技師、臨床工学技士など、様々な職種の方と交流できました。現在もスポーツ等を通じて連絡を取っています。この他、ある白血病患者さんの初診から剖検まで関われたことは、私の大切な財産です。

二年目は大学病院の精神科、小児科、産婦人科で各二ヶ月研修し、八月には阿蘇温泉病院で地域医療研修を行いました。最後の五ヶ月間は産婦人科、麻酔科、泌尿器科、乳腺内分泌外科を自ら選択しました。内科や外科で一般的な疾患や症状を経験した後に、小児科や産婦人科等の特殊な科で研修できたことは適切だったと思います。大学病院へ紹介状を送る側から、送られる側に属することになり、診療情報提供時に気をつけるべき点も見えてきました。市中病院と大学病院の時間の流れの違い、専門性の高さを目の当たりにしつつ、複数の疾患や合併症を抱え複雑な病態となった患者さんを、様々な診療科で共に診ることの大切さと難しさを実感しました。
 この他、地域医療研修では訪問診療や緩和ケア病棟での回診を経験し、患者さんの生活や背景に寄り添った医療の在り方を肌で学びました。
 臨床研修は功罪が問われ続けており、その制度は今も変わり続けています。働ける年数が限られているのだから早く専門の知識や技術を習得すべきという意見も、長い人生では二年間の研修など短いという意見もよく寄せられます。しかし義務として課せられたからには、研修医にとっても、患者さんやスタッフにとっても、実りある研修にしたいものです。たとえ同期でも同じ施設、時期、順序で、同じ指導医の下で研修をした者は誰一人としていません。研修医が移動するだけでなく、スタッフも入れ替わり、そのメンバーでの診療はそのときしかありません。研修医は様々な考え方ややり方を学び、交流しています。

 現在の研修医は、研修制度義務化以前の新米医師に比べれば、経済的にも周囲からのサポートも恵まれていると推察します。救急当直時も、指導医に全く相談できないという状況はありませんでした。多くの指導医が私の考えや処置を辛抱強く待ち、患者さんを不安や危険に曝す言動をしないか、冷や汗を垂らしながら見守り育ててくれました。その覚悟と労力には感謝しきれません。今後は研修を受けた身として、研修制度の改善にも少しでも役立てればと考えます。

 研修修了にあたり、指導医、同期、コメディカルの皆さん、そして患者さんとそのご家族へ心からの感謝を申し上げます。皆さんからいただいたものを少しずつ、社会へ還元していきたいと切に思います。本当にありがとうございました。

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