糖尿病性腎症


【概念】
 糖尿病患者で蛋白尿、浮腫、高血圧、腎機能低下などの症状を呈し、組織学的には糖尿病に特異的な糖尿病性糸球体硬化症に加えて、しばしば動脈・細動脈硬化症や腎盂腎炎などの非特異的な病変を伴った状態をいう。一般的には糖尿病発症から10年くらい経ってから発症することが多い。

【原因】
 高血糖によるコラーゲン代謝異常、ソルビトール蓄積によるメサンギウム細胞機能障害、糸球体でのhyperfiltration、好中球の活性酸素産生能亢進などが指摘されている。

【疫学】
近年透析導入症例の原因疾患として糖尿病が最多の疾患になっている。現時点では発症症例は増加の一途をたどっている。

【病理】
 臨床経過や検査所見から糖尿病性腎症が明らかな場合腎生検は施行しないことが多い。糖尿病性糸球体硬化症の特徴的な所見として以下の3病変が挙げられる。
結節性病変(Kimmelstiel-Wilson lesion):びまん性病変から進行してメサンギウム領域が拡大し結節を生じる場合とメサンギオリシスからその修復過程で生じる場合がある。糖尿病性腎症に特異的に認められる。
びまん性病変:びまん性のメサンギウム基質の増加と係蹄壁の肥厚などの病変が認められる。病初期から認められることが多く、臨床症状と良く一致する。
浸出性病変fibrin capcapsular dropの2つの病変を言う。Fibrin capは進行した糸球体に認められ拡張した毛細血管内や断片化した微小血管瘤に生じる。Capsular dropはボウマン嚢の一部がエオジン好性の小滴と変化しているもの。PAS染色でべったり染まり、AZANで赤く染まる。
その他:細動脈硬化、急性・慢性腎盂腎炎、腎乳頭壊死などが認められることもある。細動脈硬化症は、PAS陽性物質の内皮下沈着が特徴で、輸入・輸出動脈が同時に侵されるのは糖尿病性腎症に特異性が高い。
蛍光抗体法:係蹄壁にIgGやフィブリノーゲンが線状に断続して認められることがある。これは透過性亢進による非特異的現象。
Armani-Ebstein Vacuoles:ヘンレ脚上皮細胞のグリコーゲン沈着による空胞性変化。かつては糖尿病の剖検例に特異的といわれたが、治療例の多い現在ではほとんど認めない。

PAS染色 Azan染色 Azan染色細動脈 Fibrin Cap Capsular Drop

上図:糖尿病性腎症に認められた結節性およびびまん性病変。細動脈内膜下にPAS陽性物質の沈着が認められ、Azan染色で赤く染まる。係蹄にFibrin Cap、ボウマン嚢にCapsular Dropが観察される。

【臨床症状】
 Stageの進行とともに変化する。持続性蛋白尿(第3期)の状態になったら進行を食い止めることは不可能になるので、早期に発見し治療を行うことが必要。
第3期後期までほとんど自・他覚症状を示さない。これ以降は、浮腫や高血圧を生じ易い。腎機能低下、心機能低下、血管透過性亢進などのため、他の腎疾患に比べ浮腫を来たし易い。

【検査所見】
尿所見:蛋白尿はびまん性病変の進行とともに増加し、第3期後半にはネフローゼ症候群を呈するようになる。血尿の頻度は少なく、その場合尿路系感染症や悪性腫瘍の鑑別が必要になる。免疫力低下、神経因性膀胱、尿糖の存在などのため尿路感染症を合併し易い。
血液検査:第3期以降では低蛋白血症、コレステロールの上昇などを示す。
腎機能:早期には濾過率の上昇やGFRの上昇が認められるが、病変の進行とともに腎機能は低下していく。早期の腎機能はBUNやクレアチニンでは判断できないため、血中β2-microgloblinが適している。
眼底検査:腎症を発症するのと前後して糖尿病性網膜症が認められるようになる。
血糖:腎症の進行とともに血糖コントロールが改善されることが多い。これはインスリン排泄の減少、尿毒症物質の肝での糖新生抑制作用などが原因と考えられる。
   
【診断】
 糖尿病患者では、定期的に尿中微量アルブミンを定量し、腎症の早期発見に努める。T型糖尿病の場合は罹病期間がはっきりしているため、診断に苦慮することは少ないが、U型の場合罹病期間や治療にあいまいなことがあるため十分な問診や検査が必要である。現在のような医療水準であっても、病歴が不明で腎生検によって診断される例も少なからず存在する。病歴が不明なときの鑑別のポイントは、眼底所見と腹部エコーで萎縮が無いのに腎機能が低下している場合が多いこと。

【鑑別診断】
大部分の症例では診断は比較的容易。免疫力低下や様々な合併疾患があるので、それらの鑑別が重要になる。

【経過、予後】
 持続性蛋白尿を呈するようになったら、どんなに血糖コントロールを厳重にしても腎症の進行を阻止するのは困難。そのため尿中微量アルブミン測定による早期発見に努め、血糖コントロールの動機付けを行うことが大事。
 糖尿病性腎症患者では、脳血管障害や心筋梗塞なども生じ易く生命予後は良くなかったが、近年強力な降圧剤の開発などによりやや改善が認められる。アンギオテンシン変換酵素阻害薬(ACEI)やアンギオテンシンU受容体拮抗薬(ARB)の腎症に対する効果は証明されており、積極的に使用する。

【治療】
 病期によって適切な治療法が異なるので、適切なものを選択する。
食事療法:GFRが70ml/min.以上の場合、通常の糖尿病に準じて食事療法を行う。第2期までは厳重な血糖コントロールが有効と言われている。腎機能低下例では、運動量によっても違うが、カロリー35kcal/kg、蛋白質制限0.7g/kg前後を行う。浮腫に対しては塩分制限を行う。
薬物療法:厳重な血圧コントロール、ACEIやARBの使用など。糖尿病性腎症ではW型尿細管性アシドーシスを生じ易く、カリウム制限、イオン交換樹脂の投与、フロリネフ(鉱質コルチコイド)の投与等を行う。特にACEIやARBの効果は証明されており、使用しないと問題になる。ACEIやARBの投与によってカリウム値の上昇を生じ易いが、食事からのカリウム除去、アシドーシス補正、便秘防止などを行えば、大部分の場合末期腎不全になるまで使用できる。
透析療法:血糖コントロールや視力障害、免疫力低下もあって、腹膜透析は選択されず、血液透析を導入されることが多い。血清クレアチニン値8mg/dl以上が更正医療を受けるための適応条件だが、水・電解質コントロール不十分のため、それ以前に透析導入を余儀なくされる場合もある。様々な合併症のため、導入後の予後は慢性糸球体腎炎からの導入症例に比べてかなり悪い。
糖尿病治療:前述したように腎機能が低下すると血糖コントロールは改善することが多いので薬物使用量に注意する。インスリンを使用する際は即効型のregular insulinの投与が望ましい。