臨床病態解析学講座は、臨床応用につながる新しい検査法の開発を視野に入れ、
様々な疾患の病態解明を目指す研究分野です。
血液学・腫瘍学・循環器内科学を主な専門とするスタッフが、それぞれの持ち味を生かした独自の研究テーマに力を注ぎ、そしてまた、互いの専門性を他分野の研究にも活用するクロスオーバー研究を実践しつつ、研究成果を臨床現場に還元することを目標としています。
現在行っている主な研究内容を、以下に紹介させていただきます。
造血器腫瘍発症メカニズムの解明
2009年ころを境に、次世代シーケンサーによる大規模なゲノム解析研究が世界中で盛んに行われるようになり、その結果、急性骨髄性白血病(AML)や骨髄異形成症候群(MDS)をはじめとする造血器悪性腫瘍の発症や進展に関わる体細胞遺伝子変異の大半が明らかとなりました。例えばMDSでは、エピゲノムと呼ばれる、DNAのメチル化やヒストンタンパク質の翻訳後修飾に関わる因子の体細胞変異が高頻度で認められ、MDSが体細胞変異の獲得を契機に発症するエピゲノム疾患ともいえることがわかってきました。一方で、こういった体細胞変異、あるいはそれに伴うエピゲノムの異常がどのように正常造血幹細胞・前駆細胞を腫瘍化に導くのかという課題については、まだ十分な解決がなされていないと言えます。このことは、とりもなおさず、これまで以上に丹念に個々の遺伝子変異がもたらす造血細胞の変化を解析する必要が生じたということでもあり、私たちのような細胞生物学・分子生物学的アプローチを主な研究手段としてきた血液学者に再びバトンが渡されたといえ、その責務は大きいと考えています。現在私たちは、これまでの大規模シーケンス解析の結果判明した、いくつかの遺伝子変異に着目し、遺伝子産物(タンパク質)の生理的な機能や、造血細胞における遺伝子変異の意義について研究を進めています。造血器腫瘍の新しい治療につながるような基礎研究成果を生み出すことが私たちの希望です。
悪性腫瘍の転移・再発機構の解明
固形悪性腫瘍による死亡のほとんどは転移・再発を原因とします。一般に、転移・再発した癌細胞は従来の抗癌剤に対して抵抗性を示します。そのため、転移・再発自体やそれに付随した薬剤耐性の分子機構の解明と制御は癌の治療において極めて重要です。
原発巣から逸脱した癌細胞は、血中循環腫瘍細胞(circulating tumor cells: CTC)として循環します。遠隔臓器(肺、骨髄など)に播種した癌細胞(disseminated tumor cells:DTC)は、ある期間は分裂静止状態(tumor cell dormancy)で生存し、なんらかのきっかけで増殖を再開し肉眼的な転移・再発巣を形成するということが判って参りました。しかし、各遠隔臓器に生着する癌細胞の特性、tumor cell dormancyや治療抵抗性を担う分子メカニズムはほとんど明らかとなっておりません。
我々は近年、DNAバーコーディング法によって、遠隔臓器にドミナントに生着・潜伏している癌細胞のクローナリティを解析しました。その結果、一部のE-カドヘリン結合分子(アクトミオシン調節分子が豊富)を高発現している癌細胞同士が、流体せん断応力(fluid shear stress: FSS)下でもアクトミオシンの調節を介してホモティピックなCTCクラスターを効率的に形成し、ドミナントに遠隔臓器に生着することがわかりました(Sci Rep 2021)。CTCクラスターはシングルCTCに比べ、転移能が非常に高いことが知られていますが、そのクローナリティに関してはほとんどわかっておりませんでした。本研究は、CTCクラスターにおける機能的なクローン選択の存在を示すものであり、転移過程における力覚応答性(メカノセンシティビティ)の理解が重要であることを示唆しています。
私たちは現在、各臓器におけるDTCもしくは転移細胞の自律的性質やその臓器環境との関連性について研究を進めております。転移・再発の予防や克服につながる新規診断・治療法の開発に努めて参ります。
非侵襲的心機能評価の研究
高齢化社会の到来とともに、様々な原因による心機能障害を示す方の割合が増加しており、種々の生理機能検査による非侵襲的心機能評価が行われています。中でも超音波検査機器の機能向上は著しいものがあり、心疾患の原因の究明や治療法の選択・効果判定などに非常に役立っています。最近当院でも大動脈弁狭窄症に対し、経カテーテルによる治療法が行われるようになりました。大動脈弁狭窄症について、その進行・抑制に関連した因子や日本人における疾患の特徴などにつき超音波検査を用いた臨床研究を行っています。
また、超音波検査の新しい評価法 (3D心エコー、ストレインなど)と従来の心機能評価法を比較することで、種々の心疾患の予防や治療、予後予測に役立つ新たな評価法の確立を目指しています。
臨床検査医学領域の新たな診断手法確立
臨床検査医学の世界では、新しい検査手法が次々と登場し、標準化されています。一例を挙げますと、数年前までは研究機器であった質量分析装置が、現在では迅速な微生物同定機器として多くの臨床検査室で広く利用されるに至っています。また前述しましたように、近年急速に遺伝子解析目的で次世代シーケンサーが用いられるようになりましたが、おそらく数年内には疾患の診断に直結した形で、臨床検査の場で本機器が利用されるようになると想定されます。私たちのような臨床検査に身を置くものとしては、こうした新規検査手法・検査機器に精通することはもちろんのこと、自ら臨床検査手法の開発に携わっていく必要があると考えています。ただし、いわゆる生命科学研究と臨床検査とは、測定対象とする内容は似たようでいて根本的に異なっている点があることに留意しておく必要があります。臨床検査で担保されるべきもっとも重要な点は検査精度であり、いつ・だれが行っても同等の結果を出すことが要求されるわけです。これは臨床検査の難しいところでもあり、チャレンジングな点でもありますが、私たちは、次世代シーケンサーをはじめとする新しい装置の「診断に耐えうる」精度保証システムの構築に励んでいきたいと考えています。
熊本県心血管エコー検査標準化プロジェクト
現在、多くの医師・技師が心血管エコー検査に携わっており、熊本県においても、熊本大学病院や各基幹病院などの大規模病院から、外来診療のみを行うクリニックに至るまで、様々な規模の医療機関にて心血管エコー検査が施行されています。そして心血管エコー検査の検査手法に関しては各学会がガイドラインを策定しており、そのガイドラインを踏まえて心血管エコー検査を施行する必要性があります。
超音波専門医や超音波検査技師の指導の下に心血管エコー検査を施行している大規模医療機関であれば、ガイドラインにも習熟しやすく、日常診療にそれを反映させることも比較的容易であると考えられますが、少数の技師もしくは医師のみで心血管エコー検査を施行している医療機関ではガイドラインに習熟する機会も少なく、それを臨床に生かすことも難しいと考えられます。このため本県においては、各医療機関間、特に大規模医療機関と小規模医療機関の間で心血管エコー検査のレベルに差ができている可能性があります。しかしながら今まで熊本県の心血管エコー検査の現状評価は全く行われておりませんでした。
我々は、まず、熊本県内において循環器内科を標榜しているすべての病院・診療所に対しアンケート調査を開始し、熊本県における心血管エコー検査の施行件数を把握すること、そして各医療機関の心血管エコー検査のシステム、評価項目、評価法を比較検討し、その情報から本県における心血管エコー検査の問題点を洗い出し、技術レベルの底上げをするための対策について協議することとしました。またそれと並行して、心血管エコー検査の勉強会に参加することが難しいと考えられる医療圏(阿蘇医療圏、天草医療圏、人吉医療圏)に出張ハンズオンを行うこととしました。
私たちはこのような取り組みを通して熊本県の心血管エコー検査の標準化を図り、熊本県のどの医療機関で心血管エコー検査を受けても同等のレベルの心血管エコー検査を受けることができるようになることを目的として活動を行っております。