二人の恩師の”やまい”


乳腺・内分泌外科 教授 岩瀬弘敬

昨年(平成26年)11月初旬に、恩師である正岡昭先生(名古屋市立大学名誉教授)がご逝去された。10年以上前に、腎臓がんで腎臓摘出術を受けておられ、数年後に他臓器に転移を来していたことはお聞きしていたのであるが、お亡くなりになる1週間ほど前から肺炎にて体調を崩され、急逝されたと聞いた。

正岡先生は大阪大学から名古屋市立大学の第二外科教授として1980年に赴任され、胸腺腫の進行度分類である「正岡分類」や、重症筋無力症に対する拡大胸腺摘出術の研究などで、世界的に活躍された。私がロンドンに留学している時、初対面の英国人麻酔科医より「お前は日本から来たのか。それでは胸腺腫の正岡分類は知っているか?」といきなり聞かれ、「その方は自分のボスだ」と胸を張って答えたのを思い出す。正岡先生の明晰な分析に基づいた研究成果に加えてスマートな立ち居振る舞いは本当に”かっこいい”のであるが、一方では囲碁、ピアノ演奏、オペラの作曲や実演など多趣味であられ、何でも興味を持って面白がっておられる姿にも憧れた。合掌。

私の専門領域である乳腺・内分泌領域の直接の恩師は、第10回日本乳癌学会総会の会長を務められた小林俊三先生(名古屋市立病院群スーパーバイザー)である。小林門下からは、山下啓子先生(北海道大学乳腺外科教授)、岩田広治先生(愛知県がんセンター副病院長)を排出し、日本乳癌学会の研究奨励賞を受賞しているものも多い。一昨年に福岡で行われた第113回日本外科学会定期学術集会「創始と継志~Memorial Lecture~」で、小林先生から私へのリレー講演を務めさせて頂いたことは、小林門下の兄弟子を自負している私にとって無上の喜びであった。しかしながら、そのわずか2か月後に、小林先生には貧血と下血がみられ、肝転移を伴うHER2陽性の進行胃癌であることが解った。

乳腺外科医にとってHER2は研究対象の中心であり、抗HER2抗体であるトラスツズマブは馴染みの深い薬剤である。小林先生にはトラスツズマブを中心とする化学療法がバイオロジーからみて適しているようで、現在は画像上ほぼ寛解が継続しているとのことである。詳細は、「ものいう患者-参加する医療を求めて:幻冬舎」という本を上梓されておられるので、ご一読頂きたい。

さて、私自身は熊本大学への赴任の直前に、正岡先生と同じ”やまい”である左腎癌で、左腎臓摘出術・リンパ節郭清術を受けている。私は昨年、第25回日本乳癌学会総会の会長(次々期会長、2017年7月開催予定)に選出され、加えて、乳腺内分泌外科領域の代表として、日本外科学会理事も拝命した。これまでは目の前のことを一生懸命こなしていけば良かったのであるが、3年以上先までは元気でいなければならないということになる。これまで術後の定期的な検査はあまり真面目に受けていなかったのであるが、さすがに術後10年となった昨年にはPET-CT検査を済ませた。幸い、hot spotは無かった。

一方、アロマターゼ阻害薬に耐性となったホルモン依存性の進行乳癌に対して、mTOR阻害薬(エベロリムス、アフィニトール®)が昨年に保険収載された。私の専門は乳癌ホルモン療法耐性の機構解明にあるが、この薬剤はその耐性を克服するために用いられ、私自身も複数の治験で多くの患者様に試用させていただき、保健収載された後も多くの患者様に処方している。ご存知のように、エベロリムスは2年ほど前から切除不能腎癌の適応が先行して承認されている。私はこの馴染みの薬剤を小林先生が自身の”やまい”に用いられたと同様に、自分自身に将来使用するかもしれない。

二人の恩師の”やまい”は、私にとって真に弟子への教示となっている。

「創始と継志~Memorial Lectures~(12)」については、日本外科学会ホームページからログインして、第113回日本外科学会定期学術集会の動画配信へと進み、ご覧いただくことができる。

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