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研究内容

眼におけるEMT(上皮間葉転換)

線維化と上皮間葉転換 (EMT)

眼は複雑な構造を持つ組織です。様々な細胞、正常血管網、細胞外マトリクスの働きによってその恒常性を保ちますが、虚血や炎症を契機に、炎症細胞の遊走や血管透過性の亢進、線維芽細胞の増殖など、創傷治癒機転や血管の新生が生じ、その秩序だった構造が崩れることで視機能障害が生じます。特に線維化がベースにあるといわれている眼疾患には増殖硝子体網膜症や黄斑変性における線維化などがあり、難治性で不可逆的な視力低下の原因となります。硝子体手術の低侵襲化や抗VEGF薬治療により、増殖硝子体網膜症の発症率は減少し、黄斑変性の視力予後も飛躍的に改善しましたが、現在の治療法に限界があることは否めず、病態に基づいた治療のより良い組み合わせや新たな治療薬が待たれています。

上皮間葉転換 (EMT) とは上皮細胞が上皮の特性を喪失し、間葉系細胞の性質を獲得する現象です。炎症がおきると、骨髄からマクロファージ、線維芽細胞などの炎症細胞が遊走し、種種のサイトカインや増殖因子を分泌します。その刺激により炎症部位の上皮細胞にEMTが誘導され、創傷治癒が生じます。慢性的な炎症状態では、この創傷治癒機転が持続し、異常な細胞外マトリクスの蓄積や構造の破壊が生じ、線維化を来たすと考えられています。線維化が起きてしまうと、元通りに組織構造が再構築されることは難しく、治療も困難となります。EMTのメカニズムを理解、解明することで、臨床応用ができるような成果を目指しています。

網膜色素上皮細胞とEMT

網膜色素上皮細胞の機能異常は様々な網膜疾患に関与しますが、特に、網膜色素上皮細胞のEMTと増殖硝子体網膜症が密接に関連することは以前より示唆されています。私たちの研究室では、酸化ストレス刺激でEMTの最初のステップである細胞間接着が解離すること1を報告し、さらに炎症性サイトカイン刺激であるTNF-αが網膜色素上皮細胞のEMTを誘導する重要な刺激であることを見出し、細胞外マトリクス、特にヒアルロン酸に関連するシグナルがこのEMTに関連していることを明らかにしました2。共同研究で行ったマウス黄斑変性モデルの解析では、ヒアルロン酸の蓄積が新生血管領域で認められ、ヒアルロン酸合成阻害薬で血管新生が抑制されました3。EMTはさまざまな因子、微小環境の変化が複雑にからみあって生じる現象です。他にどのような因子が関係するのか、病的状態から正常状態へと戻ることは可能なのかなど、疑問は尽きません。一つのテーマをすすめると新たな疑問が出てきます。そうして少しずつ前に進みながら、新たな治療法の確立を目指しています。

  1. Inumaru J, Nagano O, Takahashi E, Ishimoto T, Nakamura S, Suzuki Y, Niwa S, Umezawa K, Tanihara H, Saya H.  Molecular mechanisms regulating dissociation of cell-cell junction of epithelial cells by oxidative stress. Genes to Cells 14: 703-716. 2009
  2. Takahashi E, Nagano O, Ishimoto T, Yae T, Suzuki Y, Shinoda T, Nakamura S, Niwa S, Ikeda S, Koga H, Tanihara H, Saya H.  Tumor necrosis factor-alpha regulates transforming growth factor-beta-dependent epithelial-mesenchymal transition by promoting hyaluronan-CD44-moesin interaction. Journal of Biological Chemistry 285:4060-4073. 2010
  3. Mochimaru H, Takahashi E, Tsukamoto N, Miyazaki J, Yaguchi T, Koto T, Kurihara T, Noda K, Ozawa Y, Ishimoto T, Kawakami Y, Tanihara H, Saya H, Ishida S, Tsubota K.  Involvement of hyaluronan and its receptor CD44 with choroidal neovascularization. Investigative Ophthalmology & Visual Science 50:4410-4415. 2009

緑内障とEMT-like phenomenon

緑内障眼においては、線維柱帯細胞の病的な減少と線維柱帯間隙の狭小化・癒合やECMの蓄積が認められ、この結果、房水流出抵抗が増加するのではないかと考えられていますが、線維柱体細胞はまだ未解明の部分が多い細胞です。私たちはサル眼から単離した線維柱帯細胞を単離し、インテグリン受容体と結合する細胞外マトリクス上で培養した結果、線維柱帯細胞もEMT様の性質を示すことを見出しました4。線維柱帯細胞のEMT様現象の研究はまだ始まったばかりのプロジェクトですが、緑内障の病態の解明とともに、線維柱帯細胞の新たな性質を明らかにし、眼圧下降薬の新しい標的を見出すとことを目的としています。

  1. Takahashi E, Inoue T, Fujimoto T, Kojima S, Tanihara H.Epithelial Mesenchymal Transition-like Phenomenon in Trabecular Meshwork Cells. Experimental Eye Research 118: 72-79, 2014
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