研修だより

「初期臨床研修の二年間を振り返って」

熊本大学病院群初期臨床研修医 Cプログラム
羽根田 昌樹

〈はじめに〉
 熊本大学病院研修医二年目の羽根田昌樹と申します。今回、研修医だよりに寄稿させていただく機会をいただき、研修医として過ごした二年間について、振り返りました。

 まずは、自己紹介からさせていただきます。私は平成三十年に熊本大学を卒業し、一年目は熊本労災病院、二年目は熊本大学病院で研修を行いました。また、研修期間中に一か月間必須となっている地域医療研修は、小国公立病院を選択しました。一方で、私は初期臨床研修と同時に、大学院へ進学する柴三郎プログラムも履修しています。研究生活についても、掲載させていただきます。

〈熊本労災病院 研修の特徴〉
 研修医としての最初の一年間は、熊本労災病院で学びました。学部五年生の時に行った病院見学で、研修医の雰囲気が明るく、見学に来た学生に対して、非常に丁寧に指導していただきました。熊本労災病院で研修すると、多くのことを学べると感じたため、研修先として選択しました。

  熊本労災病院は八代市にあり、災害拠点病院、地域がん診療連携拠点病院、地域医療支援病院等に指定され、熊本県南の公的中核病院として、救急医療をはじめとする地域医療に積極的に取り組んでいる病院です。医局が一つの部屋にまとまっているため、担当患者に関して他科の先生に相談があるときは、診療科の垣根を越えて、いつでも相談出来ました。熊本労災病院では、一年目の最初の六か月間は内科での研修と決まっています。私は三か月間、呼吸器と神経内科を同時に研修し、その後の三か月間は消化器内科と糖尿病代謝内科を同時に研修しました。同時に二つの科で研修するというのは、他の病院での研修プログラムからすると、珍しいかもしれません。しかし、患者は多くの場合、既往歴や合併疾患が多数あり、一つの診療科のみで完結することは珍しいです。様々な視点から患者にアプローチする力を養うことが出来たと思います。

〈熊本労災病院 救急外来〉
 熊本労災病院では、救急当直も経験します。平日の場合、研修医の当直は十七時から二十三時までです。二十三時に終わることで、翌日も通常通り研修を行うことが出来るため、この時間設定はちょうど良いと感じていました。休日の場合は、九時から十七時までの日直と十七時から二十三時までの当直に分かれます。一か月あたりの当直の回数は、三~四回程度でした。救急外来では、風邪や打撲といった軽傷から、急性期脳梗塞や心肺停止など、幅広い症例を経験しました。また、救急外来で診断に迷う症例があった場合、その症例を発表し、研修医同士で共有しあって、指導医からフィードバックを受ける機会が準備されていました。それは「カツカレーの会」と名付けられており、月に一回の頻度で開催されます。発表が終わった後に、みんなでカツカレーを食べることから、カツカレーの会と名付けられました。研修医同士で症例を共有できる場は、非常に有意義であり、今後も続くことを願っています。

〈熊本大学病院 リハビリテーション科〉
 研修医二年目の四月からは熊本大学病院での研修でした。熊本大学病院には、数多くの診療科があり、多くの選択肢があります。私は一か月間、リハビリテーション科を経験しました。あまり研修医で回る人数は多くなく、珍しいと思いましたので、ここで取り上げたいと思います。主な仕事内容は、リハビリテーション科にコンサルトがあった患者を診察し、リハビリの計画を立て、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士に適切に引き継ぐことです。リハビリは退院して自宅に帰ってからの生活を視野に入れて行います。そのため、問診の中で、自宅は平屋か二階建てか、手すりはついているか、自宅で一緒に生活している人は誰か、仕事への復帰を考えているか、なども尋ねます。午前中のうちに問診、診察は終わることが多く、午後はリハビリを行っている患者のもとに行って、リハビリの様子を見学しました。特に印象的だったのは、鶏歩の患者に、理学療法士が適切な装具を提案し、それを患者自身が着脱できるように何度も練習して、最終的に歩行状態が改善したことです。退院前に、とても歩きやすくなったと喜んでいる様子をみて、リハビリの重要性を感じました。また、病気で気持ちが沈んでいる患者に適切に寄り添い、声掛けを行って、リハビリへのモチベーションを高めることの必要性も実感しました。

〈熊本大学病院 代謝内科〉
 代謝内科には、もともと興味があり、熊本大学病院では合計六か月間という長い間、代謝内科で研修しました。大学病院では糖尿病の患者のみならず、内分泌疾患の患者もいます。診断確定のために、連日負荷試験を行うこともありました。また、糖尿病でインスリンを使用している患者の場合は、前日の血糖推移を参考に、インスリンの単位数を変更していきます。毎日インスリンの増減を繰り返し、最終的に良好な血糖推移に調整できたときは、やりがいを感じました。また、代謝内科には運動習慣や、食生活をベースにした疾患も多く、ただ入院生活だけをみて、退院させればよいというわけではありません。自宅での環境や生活背景も踏まえて、治療薬を選択したり、患者教育をしたりする必要があります。そのためには、患者と信頼関係を築いて、患者自身のことを深く理解することが重要だと感じました。

〈地域医療研修 小国公立病院〉
 研修二年間のうち、一か月間は地域の病院で研修することが必須となっています。私は小国公立病院で地域医療研修を行いました。地域医療研修を行う病院は、熊本大学病院と連携している約二十施設の中から、自分で希望を出すことが出来ます。私は五年生の時に、小国公立病院にて三週間の実習を経験しており、その時から地域医療研修は小国公立病院で行いたいと強い希望を持っておりました。

  小国公立病院には、2019年に第6回やぶ医者大賞を受賞した片岡恵一郎先生がいらっしゃいます。「やぶ医者大賞」という言葉を始めて聞く方もいるかと思います。もともと但馬の養父(やぶ)には昔から名医が多く、名医のことをやぶ医者と言っていたものが、いつしか「自分はやぶ医者の息子だ」などと、その名前のみを語って、悪用する者が現れ、「やぶ医者」が下手な医者を表すようになった経緯があります。養父市では、「やぶ医者の語源が、養父の名医」であることにちなみ、名医の郷として「やぶ医者大賞」を開催しています。この賞は、へき地で地域のために力を尽くしている若手医師にスポットを当て、地域医療の発展に寄与することを目的に行われています。

 小国郷では、在宅での看取りシステムに関して、新たな試みを行っていました。これまで自宅で心肺停止になった場合、救急車にて心肺蘇生を行いながら病院まで移動するか、家族が自家用車にて病院まで連れてきて、死亡確認という流れでした。しかし、自宅での看取りが予想される患者に対して、事前に同意を得たうえで、訪問看護と連携して、心肺停止後に当番医師が自宅に行き、死亡診断するという新たなシステムの導入に取り組んでいました。患者自身がどのように人生の最期を迎えるかを決定できる時代になろうとしているのだと実感しました。

 小国公立病院での一か月間は、そこでしか経験できないような非日常にあふれた日々でした。しかし、今の日本が二十年後に直面するであろう、高齢化がさらに進んだ世界を先取りして見ているようで、これからの高齢社会を考えるうえで、避けて通れない重要な問題を学んだ日々でした。

〈柴三郎プログラム〉
 私は、初期臨床研修と同時に、柴三郎プログラムに所属し、大学院への進学もしております。柴三郎プログラムとは、医師と医学研究者の能力を兼ね備えた人材を育成することを目標に、熊本大学が行っているプログラムで、研修期間に大学院の一年目、二年目を同時に進めることが出来ます。大学院の講義に関しては、eラーニングが準備されており、学部生の間に受講しておりました。

 私はマウスを用いた実験を行っております。動物室に入ることが出来るのは、飼育の関係で十九時までとなっているため、病院での研修が終わった後、急いで動物室に行く日も数多くありました。また、平日の場合は、仕事が終わってからの実験になるため、遅い日は二十二時~二十三時ごろまで実験を行い、それから帰宅という日もあります。実験時間がかかるものは、平日にはなかなか難しく、休日に朝から初めて、夕方までかけて行っていました。

 研究の世界は非常に厳しく、自分で研究内容を理解し、何を明らかにするために、どんな実験をすればよいのか、考えながら進める必要があります。初期臨床研修が終わったのちは、大学院生として、研究が中心の世界に突入します。寝ても覚めても研究のことを考え、没頭できる日々を楽しみにしています。

〈終わりに〉
 ここまで、研修生活や研究の日々に関して触れてきましたが、仕事以外の時間は趣味である登山や、長距離ウォーキング大会に出たりしました。研修医一年目の秋には、しまなみ海道を尾道市から今治市までただひたすら歩き続ける、ウルトラフリーウォーキング大会に参加し、総距離八十キロの道のりを、約十七時間かけて完歩しました。同期の友達と二人で参加したのですが、夜が更けて真っ暗な中、ヘッドライトで進む道を照らしながら、互いの研修生活や将来の夢、大学時代の思い出などを語り合いながら、無我夢中で歩き続けたのは懐かしい思い出です。十七時間歩き続け、全身ボロボロになり、最後は足を引きずるようにしてゴールしましたが、この時に完歩出来た経験があるからこそ、つらいことがあっても、あの時歩ききったのに比べれば大したことないとポジティブに考えられるようになりました。

 まだまだ医師になって二年しかたっていません。最初の数歩を歩み始めたばかりだと思います。これから先、どんな道のりが現れるか、想像もつきません。それでも、一歩一歩前に進むことを繰り返し、実りある日々を過ごしたいと思います。