研修だより

「初期臨床研修医生活を振り返って」

熊本大学病院初期臨床研修医
坂井 亜夕子

 2年前の令和1年の春、慣れないPHSをポケットに、緊張と不安そして医療者として働くという決意の気持ちでいっぱいの日々が始まりました。研修医1年目の4月から半年間は出身大学でもある熊本大学病院での研修でした。学生実習で見慣れた病棟ではありましたが、学生時代とはまた違った雰囲気のように感じ、景色もまた違って見えました。医学的知識が足りないことはもちろんですが、当初は検査オーダーの仕方、処方の仕方、病棟のルール、物品の場所などわからないことだらけでした。各診療科の先生方、研修医の先輩、看護師さん、薬剤師さんなど様々な方にご迷惑をかけながら、毎日新しい学びがありました。

 学生実習中に研修医として働くことをイメージしてはいましたが、やはり実際に現場に出てみると、何をするにも医師としての「責任感」を強く感じました。学生時代に教科書や実習で学んだ治療も、自分で治療方針を考えてその治療を実際に患者さんに施行するとなるとやはり学生時代には気にもとめなかったことが気になりました。どんな薬剤、補液も、実際に自分が患者さんに処方するとなると、当然ですが、本当に必要なものか、適切なものか、副作用としてどんなことに気を付けなければならないかなど責任を持ってアセスメントし、対処しなければなりません。また、「責任」があるからだけでなく、治療に効果があって患者さんがよりよい方向に向かうことを期待するからこそ緊張もしますし慎重にもなりました。慎重さはどの場面でも必要になると思いますが、迅速に適切な判断ができるように進歩する医療を学び経験を積んでいくことが重要であると改めて実感しました。

 半年間の熊本大学病院での研修後は、熊本労災病院での研修を9ヶ月間行いました。熊本労災病院では、大学病院ではなかった当直、救急当番が始まりました。救急車の対応、ウォークイン患者の対応、心肺機能停止患者の対応など初めてのことばかり、思うようにできないことばかりで異動当初は焦りを感じることもありました。4月から熊本労災病院で研修をしていた同期の慣れた様子を見て、落ち込むこともありました。しかしながら、指導してくださる先生方、困ったときに教えてくれる同期に恵まれ、自分で考えられること・できることを少しずつ増やしていくことができました。すでに診断がついている患者さんが多い大学病院に対して、診断がついていない患者さんの入院や緊急入院が多い市中病院での診療も経験することができました。

 地域医療研修では、山鹿市民医療センターで1ヶ月間の研修を行いました。主に消化器内科の病棟での研修をしながら、消化器外科・整形外科の手術に入らせていただいたり、訪問看護に同行させていただきました。訪問看護に同行した際には、看護師さんが患者さんの生活様式を熟知した上で適切なアドバイスをされており、病院だけでなく自宅まで医療をつなぐことの大切さを学びました。

 初期臨床研修中の患者さん一人一人が、実際の医療の提供の仕方、コミュニケーションの取り方など貴重な経験を与えてくださいました。2年間の初期臨床研修の間に、様々な患者さんとの出会いがありましたが、なかでも強く心に残っている患者さんが2名いらっしゃいます。

 1人目の方は、70代の女性で血液腫瘍に対する治療目的に入院されていた方です。化学療法のため何度も入院されたことがあり、研修医が担当することも度々あったようでした。私が研修医として働き始めて3ヶ月目になった頃に担当することとなりました。その際に、骨髄穿刺が必要となり私が施行させていただくことになりました。その当時、私は骨髄穿刺を行った経験が2回ほどしかなく、とても緊張していました。検査が終わった後にその患者さんから「前に検査をした時には痛かったけど、先生のは痛くなかったです。」という言葉をかけられ、ほっとするとともに非常にうれしかったのを覚えています。また、原疾患以外の諸症状に対する薬物療法を自分で考えて処方した際に「先生の薬がよく効きました。ありがとうございます。」と言われ、患者さんから学ぶということを改めて実感しました。

 2人目の方は、70代の男性で意識障害・体動困難で救急搬送された方です。アルコール性肝硬変の既往があり、ご家族に隠れてアルコールを摂取しているというエピソードがありました。意識障害の鑑別を行い、甲状腺機能低下症の診断となり入院にて治療を開始しました。入院翌日、やや回復していた意識レベルが再度低下しアルコール離脱症候群が疑われました。その翌日には意識レベルは改善しましたが、ご本人の検査や治療に対する拒否が見られるようになりました。食事もあまり食べていただけず、頭を悩ませました。検査や治療をしたくない理由を傾聴し、なぜその検査や治療が必要と考えているかをできるだけわかりやすく説明できるよう努力したところ、患者さんは受け入れてくれるようになりました。食事も、食形態や内容をご本人と相談しながら変えていくと、きちんと食べてくださるようになりました。退院の際に、奥様から「救急車を呼んだときにはもうだめかと思いました。先生方のおかげで…ありがとうございます。」と涙を流しながら言っていただいた時には、患者さんやご家族にとって最善の医療を提供できるように研鑽していこうという気持ちをさらに強く持ちました。

 患者さんだけでなく、様々な診療科をローテートする中でたくさんの先生方や看護師さんなどコ・メディカルの方々との出会いもありました。こうした出会いもまた専攻診療科の決定に良い影響を与えてくれました。私は大学入学前から、内科医として身体を医学的に学びつつ目の前の"患者さん"を診て、患者さんにとって一番良い治療を含めたマネジメントをしたいという思いがありました。しかし、内科のなかでもどの専門分野をまず学ぶのかを決心するのに周囲の人より時間がかかってしまいました。2年間の初期臨床研修の間に一般的な内科はすべてローテートしましたが、どの診療科も専門的に深めていくことに魅力を感じられました。いろんな科の先生方にお話を伺い、相談にも乗って頂き、とても悩みましたが最終的に、血液・膠原病・感染症内科を専攻することに決めました。血液腫瘍は比較的若年の患者さんも多く、アグレッシブな治療を行うこともあります。メンタル面を含めて、患者さん自身や疾患と向き合って、ご本人やご家族にとって最良の医療を行えるように精進していこうと思っています。また、臨床研究によりレジメンなど治療法が日々進歩している分野でもあります。進歩する治療において行かれないように、新しい研究についても勉学を怠らないようにする必要があると考えています。

 まだまだ駆け出しの身ではありますが、この初期臨床研修医としての2年間で得たものは多くあると感じています。2年前の自分と比べると、学んだことやできるようになったことは着実に増えており、不十分ではあるかもしれませんが自分でも成長したと感じられる点があります。これから、専攻医として専門性を高められるように励んでいきますが、自分のできることを着実に増やして成長し、自分の力を患者さんに還元できればと思っています。初期臨床研修中のことを思い返すと、各科の先生方、看護師さん、薬剤師さん、クラークさん、技師さんなど数え切れない方にご指導・ご支援いただいたことばかり思い出され、感謝の念に堪えません。今後も多くの方のご指導・ご支援をいただくことになるかと思いますが、さらに成長して恩返しできるように励みたいと思います。

 2020年からCOVID-19感染症により日本の医療は未曾有の事態となっています。ワクチンや治療薬の研究は続いていますが、現時点で医療崩壊が懸念されるほど逼迫している現場もあります。今後の医療体制がどうなるのか想像もつきませんが、まずは自分ができることから、目の前の患者さんのために尽力していこうと思います。