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研修だより

「初期研修振り返り~大学、人吉、玉名、奄美群島を回った2年間~」

熊本大学医学部附属病院群臨床研修医 Cプログラム
香田 将英

 この2年間の初期研修を振り返って、2年の初期研修期間中に色々な医療機関を回ることができたことは、大きな学びでした。最初の1年間を、JCHO人吉医療センターで研修をしたほか、奄美群島の病院・診療所(2年目9月)、さらに今年度(平成27年度)から地域医療実践教育拠点となった公立玉名中央病院(2年目8月、1月、2月)など、多くの協力病院で研修を経験しました。大学病院ならではの専門的な学びに加えて、地域医療や総合診療など、様々なフィールド・診療科を経験することができました。最初の2年間という頭の柔らかいうちに、手技だけでなく、物事について深く考えながらマネジメントする力が身につけられたと思っています。

 人吉での1年間は、国家試験の知識と行動が結びつかず、できないことばかりでしたが、指導医の先生方やスタッフの皆さん、患者さんから、教科書では学べない多くの事を教えていただき、一歩一歩成長することができました。

  地元の熊本県で研修するにあたり、一番幸せに感じたことは、「自分の地域の方言を使って診察ができる」ということです。特に、地域の中核病院であるJCHO人吉医療センターの医療圏は、日本の最先端を行く高齢化地域です。年配の方も多く、自然とあちこちで方言が飛び交います。これまで、あまり熊本弁でしゃべらなかった私(生粋の熊本県人)も、働き出して数週間足らずで、方言に染まっていきました。病棟で、「今日は(調子)どぎゃんね?」と熊本弁で聞けば、熊本弁で返事が返ってきます。方言には、標準語にはない温かさがあって、喋っている内に、自然とお互い笑顔になってきます。こんなに地元の方言がいいものだと、今になって初めて気づきました。もちろん、”医師”として正しい医療の知識・技術を身につけることが第一ではありますが、患者さんもとい人生の先輩から、”医師としての在り方(癒やし者)”としての素養も、診察・会話の中から学べたのではないかと考えております。

 また、地域のゲートキーパー役である地域中核病院と、最後の砦となる大学病院では、来院される理由のコンテクストが異なり、本人・ご家族の多様な生物心理社会モデルについて学ぶことができました。また、この1年目の間に、研修会や学会での発表、ハワイ大学医学部でのシミュレーション研修など貴重な機会を頂きました。特に、県の医師会で総合診療について講師をさせていただいたり、人吉を会場としてPIPCセミナー(Psychiatry in primary care:非精神科医のための精神疾患対応コース)を主催させていただいたことは、初期研修医という立場上恐縮ではありましたが、周りからいい反響をいただき、私の中で大きな糧となりました。

 病院外では、青年会議所に所属し、住民メンバーとまちづくりの場を通して、人間性や問題解決能力を切磋琢磨しあうことができました。時には人吉球磨の美味しいごはんと球磨焼酎、幾つもの温泉で羽を休めながら、歴史と伝統ある地で、大事な時期を過ごすことができ、感謝の気持ちでいっぱいです。生まれも育ちも熊本市内の私にとって、人吉球磨の地は第二の故郷と思うまでになりました。

 2年目になり、大学病院での研修で気をつけたことは、「慣れ」に甘えないということでした。本来「慣れ」は生きていくために必要なものであって、新しい環境にも、「慣れ」ることで、効率良く物事をこなすことが出来るようになります。しかし、「慣れ」とともにやってくるのが、「慢心」や「怠慢」です。「素心のすすめ(著:池田繁美)」という本には、『謙虚さがなくなる兆候』として下記のような事柄が挙がっています。「時間に遅れだす」、「約束を自分のほうから破りだす」、「挨拶が雑になりだす」、「他人の批判や会社の批判をしだす、「すぐに怒り出す」、「他人の話を上調子で聞きだす」、「仕事に自信が出てきて、勉強をしなくなる」、「ものごとの対応が緩慢になる」、「理論派になりだす」、「打算的になりだす」、「自分が偉く思えて、他人が馬鹿に見えてくる」、「目下の人に対して、ぞんざいになる」、「言い訳が多くなる」、「ありがとうございますという言葉が少なくなる」。「実るほど頭(こうべ)を垂れる稲穂かな」と言葉があるように、最初は何も出来ない研修医から、次第に出来ることが増えてきても、実れば実るほど、穂先を垂れ、頭を下げる、稲穂のように、出来ることが増えれば増えるほど、謙虚さを忘れないよう、気をつけました。

 特にこの言葉が身にしみたのが、9月の1ヶ月間、地域医療研修の一貫として、奄美群島の瀬戸内徳洲会病院ならびに加計呂麻診療所で研修させていただいたときでした。関西・関東の研修病院からやって来ていた優秀な同期の診察を診て、その一挙一動の丁寧さや、マネジメント能力の高さに、私の現状を見つめなおし、もっと謙虚に、素直に努力しなければならないと反省しました。

 奄美大島は、本州など4島を除くと佐渡島に次ぎ「面積5位の島」と言われています。1年前に研修していた熊本県人吉市と比べてみると、人吉市の人口が34,394人、面積:210.48k㎡(可住地面積比率:24.54%)、対して、奄美市の人口は45,263人、面積:308.15k㎡(可住地面積比率:20.21%)と1万人ほど多いです。奄美群島全体では約12万人が居住しています。奄美市内から車でさらに南に約1時間、トンネルを越え、マングローブ原生林を通り過ぎた先に、奄美大島南部に位置する瀬戸内町が見えてきます。人口:9,411人、面積:239.95k㎡(可住地面積比率:13.44%)の地域です。この瀬戸内町が、今回の地域医療研修の舞台でした。「舞台」と書いたのは、瀬戸内町の食、風土、文化、医療体制など、軽くカルチャーショックを受けるところもあり、自分にとって非日常空間であったためです。

 特に奄美で印象的だったのは、ACCCA(プライマリ・ケアの特徴を表す5つの理念)にある「近接性」でした。写真に挙げた地図上の丸印は、私が経験した、病棟・外来・救急・訪問診療で診療させていただいた方々の地域を示しています。遠い所だと一時間以上バスや定期船を利用してでも、ここが「地理的」「経済的」「時間的」「精神的」に一番近い病院として、朝早くから外来に足を運んできます。また、瀬戸内町の在宅ケア会議に参加させていただく機会がありました。瀬戸内町の健康問題として「町全体として高血圧症が多い」「高血圧症をベースとした心疾患、脳血管疾患が多い」「介護認定を受ける率が高い(特に脳血管疾患から介護へ移行する例が多い)」が課題として挙がっていました。野菜を食べてもらう食生活改善の方法について話し合いの中で出ましたが、島内で販売している野菜は「価格が高い」ため、自炊にも、外食にも、弁当にも野菜が少なくなる、といった離島の地理的問題もあり、一筋縄ではいきません。だからこそ、予防について診療所・病院だけで取り組むのでなく、地域のネットワークの中で、地域住民と協力して健康問題に取り組んでいくことが大事なのだと思いました。

 個人情報に配慮して、具体的な話は伏せますが、身体面だけでは解決せず、社会生活面(在宅サービス調整、家族会議、担当者会議)や精神心理面(認知行動療法的に)と多面的に関わらせていただく機会をいただきました。「手あてとは、相手のことを心から思って行動した時、行動を介して双方の心が通じ合う瞬間」、まだまだ未熟者ですが、主治医として関わらせていただく中で、幾度かMindfulな、そんな場面に出会えたような気がします。1ヶ月という短い期間で、一部の患者さんには最後まで主治医として関われなかった心残りな部分もあります。ですが、その患者さんにとっての「大事な今」に関わり、時間を共有できたことは大きな喜びであり、成長の糧となっています。またいつか、成長して奄美に戻ってくる機会をつくりたいと思います。

 2年目の8月と1、2月は公立玉名中央病院の総合診療科で研修させていただきました。公立玉名中央病院は今年度(平成27年度)から大学の地域医療学拠点が設置され、総合診療科が開設されています。熊本市の医療機関に医師が集中し、郡部などで不足する地域的な偏在の改善を図る目的として、4月から本学の教員として医師2人が派遣されています。

  同拠点に教員として常駐する医師は、玉名中央病院の内科医1人と熊本大病院地域医療支援センターの特任助教1人で、新設された「総合診療科」では、複数の疾患を併せ持つ(Multimorbidity)患者や、他科的に診断がつかなかった患者などの診療を担当しています。研修医への指導や熊本大医学部の学生に対する臨床実習を通じて、地域医療の現場でニーズの高い「総合診療専門医」の育成にも力を入れています。そこで考えたのが、”大学初期研修医がローテート先として気軽に玉名の総合診療科で研修できるようにならないか”ということ。一度は前例がないということで、大学担当の事務の方に断られましたが、図々しくも再三お願い・手続きをして、研修可能な形にさせてもらいました。次回以降の希望者はもっと簡単に手続きできるようになりました。救急外来、病棟管理、総合診療科外来(初診からその後のフォローまで)で、大学病院ではなかなか学べない研修をすることができました。指導医の先生方も丁寧に指導下さいます。特に8月17日?19日には、「夏季地域医療特別実習」として約40人の熊大や自治医大の学生が玉名にやってきました。玉名や荒尾、山鹿各市の病院や診療所に分かれ実習に行ったり、訪問診療にも同伴したり、ワークショップやワールド・カフェ、小野県副知事の講演会などが開催され、一部に参加やお手伝いさせてもらいました。ワークの中で、学生皆さんの場で、一言話すようにふられて、苦し紛れに考えた謎かけを紹介します。①:『「玉名の医療」とかけまして、「玉名ラーメン」と解きます。その心は、どちらも、「麺(Men)が、こってり、絡み合う」』。ラーメンは具材、麺だけでは、完成しません。スープを入れることで麺と具材が動き出し、それぞれの麺、具材が絡み合うことで、味のハーモニーを生み出します。コミュニケーションはスープのようなものだと思います。

 玉名の地域には、医療を支える様々な人々(Men, Women)が居ます。そこに濃厚なコミュニケーションがあることで、絡み合い、医療のハーモニーを奏るのだと思います。玉名は在宅のネットワークも厚く、病院の中だけでなく、病院の外、地域隅々ににコミュニケーションのスープが染み渡っている。それが玉名だと思います。②:『「玉名の地域医療教育」とかけまして、「玉名温泉」と解きますその心は、どちらも、「どっぷり浸からないと分からない」』。今年の4月からこの病院が大学の教育機関になった役割としては、この玉名のこってりな医療を、学生、研修医に味わってもらいたい。そのためには、現場に飛び込んでみないとわからない。病院・診療所・在宅の現場にどっぷり浸かる機会が必要だと思います。③:『「今回、実習に飛び込んできた学生」とかけまして、もう一度、「玉名ラーメン」と解きます。その心は、どちらも、「しっかり味わって、お帰り下さい」』。おかわりも、自由ですよ。

 また、この2年間の間にテレビ出演させていただく機会もいただきました。学生の頃から御世話になっていた、JCHO本部総合診療教育チームリーダーである徳田安春先生に、JCHO人吉医療センターでのご縁もあり、お声かけいただき、NHK総合「総合診療医 ドクターG」に研修医(回答者)として、僭越ながら出演させていただきました。

 討論はガチンコ、登壇されるドクターGも当日会場まで知らされることはありません(私の回は国立国際医療研究センター国際感染症センターの忽那賢志先生でした)。番組自体は50分の構成ですが、当日の収録・カンファレンスは約6時間に及びました。この番組は、「病名推理エンターテイメント」と冠言葉が掲げられていますが、この番組の狙いは3つあります。①:『診断推論に見られる医学の不確実性は医者だけが理解しておくべきものではなく、一般の人々にも広く共有していただきたい事実だということです』。②:『診断推論における病歴聴取の過程は患者の主体的な参画なしにはありえず、そこでの医者と患者の双方向的なコミュニケーションは癒しの端緒でもありうるという密やかな矜持です』。③:『愛想よく、よくはやっている開業の「中医」が勉強不足のために誤診してしまい、「小医」以下の存在しかないことがけっこうあるという逆説です。自分では気づかないため改善されることが少ない困ったものです』(医者は病気をどう推理するか NHK「総合診療医ドクターG」制作班)。ただ、「総合診療医 ドクターG」というタイトルによって、お茶の間には「総合診療 = 病名推理」というイメージが付きそうですが、そのイメージは必ずしも正しい認知ではありません。医療者を含め、一般市民の方には、ぜひ他の面も含めて理解してほしいと、私は思っています。

 2017年から新専門医制度が始まり、「総合診療専門医」が基本診療科の中に入ってきます。「病名推理」に加えて、下記のようなイメージも、ぜひ頭の中に加えていただけたら幸いです。①:あらゆる心身の不調の相談に乗り、適切な時に適切な医療者を紹介する。②:継続的で患者を中心に据えたケアの提供。③:無駄な医療行為を避けながら、重大な疾患を逃さない優れた臨床能力。④:生活や地域の目線を持った包括的な医療。⑤:優れたコストパフォーマンスの実現への努力。⑥:患者を「人」としてバランス良くサポートする全人医療。本当は、上述の「イメージ」について発言して、番組(お茶の間)に一石を投じる覚悟だったのですが、本番はアガりすぎて、全くその内容に触れることができませんでした…。番組の反響もあり、病院内外で色々な方にお声かけいただく機会も増え、ことあるごとに大変貴重な機会をいただいたと実感しております。

 この2年間は、母校の柴三郎プログラムを選択し、初期研修医として働きながら、大学院で公衆衛生学講座の博士課程を履修しておりました。医療者の立場で地域住民のQOLの向上を目標とした仕組みづくりを考えた時に、現場だからこそわかる課題を、臨床の視点のみでなく、(臨床・社会)医学研究者の視点から発信していくことが大事だと感じています。そのために、早めの段階から研究者としての視点を養い、医師と医学研究者の能力を兼ね備えた人材を目指したいという思いがありました。企業や組織は効率を重視するがゆえに個別ニーズへの対応が難しく、行政は平等性を重視するがゆえにニーズへの柔軟な対応が難しい。そうであれば、現場から生まれた健康課題を、病院や行政・企業といった枠の中ではなく、主体の枠を越えた集合体で、各主体が資源とニーズを持ち寄り、課題解決について取り組むことが求められると私は考えます。医師・医学研究者の視点から、気づいた課題を社会に投げかけて、様々なステークスホルダーと一緒に考えながら、「グループ」ではなく「チーム」としてビジョンづくりから始める。課題を共有して、行政や企業とコラボレーションすれば、新しい解決策ができる。そうやって、社会を一歩ずつ良くすることが出来る医療者になりたい。私はそう考えています。

 最後になりましたが、今後はこの思いに向かって、自分のキャリアを更に積み重ねていけたらと思っております。最後になりましたが、この場をお借りして、この2年間、関わらせていただきました指導医、医療スタッフ、患者さん、そして各所関係者の皆様へ御礼申し上げます。