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研修だより

「初期研修を振り返って〜産婦人科特化として〜」

熊本大学医学部附属病院群臨床研修医 小児科・産婦人科特化コース
相良 昭仁

 熊杏会の「研修だより」への執筆のお話を頂いた際には、すばらしい同期の先生方がいらっしゃる中に、私がその役を仰せ付かるにはふさわしくないのではないかとも思いましたが、産婦人科特化コースとして研修してきた2年間がこのような形でなにかの一助になるのであればと思い、これまでご指導・ご支援いただいた皆様に感謝の意を込めながら、執筆させていただきました。これまでの研修とこれからの抱負に関して述べさせていただきたいと思います。

 学生時代、宮崎大学への入学当初から、産婦人科の分野にはおぼろげながら興味があった自分は、講義や実習で出産という生命の神秘の一端にふれ、産婦人科医になろうと強く決意するまでになっていました。研修病院選びの際には、元々、地元は熊本であり、熊本で医師として頑張っていきたいと思っており、宮崎大学出身の自分はどうしても知り合いの医師が熊本に少ないこともあり、2年間大学病院という場で医師のつながりを作っていきながら研修していきたいと考えていました。産婦人科以外の科を選択している自分は想像できなかったこともあり、大学病院の産婦人科特化を選択させていただきました。回った順番としては、循環器内科→膠原病・代謝内科→産婦人科→麻酔科→精神科→県立延岡病院(救急科)→人吉医療センター(地域)→病理部→放射線科→小児科→産婦人科と回らせていただきました。周りの研修医の先生方は1~2か月ごとにローテーションするのが多い中、内科研修を3か月ごとに回らせていただいたりしており、他の先生方より同じ科にとどまっていることが多かったと自覚しています。少ない月数でたくさんの科を経験させていただくことも考えたのですが、産婦人科医としてやっていこうと決めていた自分にとっては将来産婦人科を回る上で、必要な知識・実技を習得したいという明確な目標があり、じっくりと習得にあたりたいと考え、このような選択をさせていただきました。昨年10月からの産婦人科研修が始まってからの診療に、今までの知識が役に立っていることを実感しており、この選択は正しかったのではないかと感じています。

 研修医1年目の年は、基礎固めの年と自分で考えローテーションをする科を選択したつもりです。研修医一年目の初めの4~6月に回った循環器内科は、他大学から来た自分にとっては、カルテの使い方や病棟の位置ですら難解であり、諸先生方には基本的なことから色々とお世話になりました。また、ちょうど熊本地震が起こった時期であり、震災の際にエレベーターが使えないために地下の透視室にPCPSを繋ぎながら患者さんを担架で搬送したこともありました。3月までのだらけきった自分には、急性期の多い循環器内科は、喝を入れるにはちょうどよかったのではないかと思います。基本的な心電図の見方や循環動態管理など勉強させていただきました。7~9月の膠原病・代謝内科は、妊娠糖尿病や手術の際の血糖管理を学びたいと思い選択させていただきました。色々な膠原病・糖尿病の患者を診ることができ、非常によくしていただきました。産婦人科志望ということで妊娠糖尿病の患者を受け持たせていただき、将来コンサルトをすることになる先生方に伺いながら、基本的な考え方の一端を学べたのではないかと思います。10月には、1か月だけではありますが、産婦人科を回りました。宮崎大学で産科にどっぷりと浸かっていた自分にとっては、ここが初めての婦人科との本格的な出会いであったように感じます。1か月という期間では、なかなか知識や実技の深いところまでを覚えることはできませんでしたが、婦人科腫瘍の奥深さや面白さを、この時に強く感じたのを覚えています。11月の麻酔科は、手術に際してのバイタル管理を学ばせていただきました。輸液管理や薬剤投与でのバイタルのダイナミックな変動を見られたことは、その後の研修においても非常に有用でした。また、挿管手技がこのタイミングで行えたことも救急研修の面でよいことでした。精神科は、産婦人科でも合併妊娠の際に共診することも多い科です。先生方には非常に優しく教えていただき、基本的なことを学ばせていただきました。2017年1~3月は、救急研修で県立延岡病院にお世話になりました。大学病院とは全く異なる環境でしたが、熊本大学の同期もおり、宮崎大学からの研修医もいたため、非常に楽しく働かせていただきました。大学病院では当直が無いため、初めは迷惑をかけることもあったと思いますが、毎日救急科で急患を診察し、徐々に落ち着いて診療ができるようになったと思います。また、当時は日中急患が来ないときは、麻酔科も同時に研修しており、産婦人科志望ということで、産科麻酔を時々させていただけました。

 2年目に入り、延岡に行っていた勢いそのままに、人吉医療センターに、産婦人科として1か月研修させていただきました。大学病院とは少し異なり、産科の正常分娩も多いところで、病棟患者のCTGモニターを携帯で、食い入るように見つめながら毎日を過ごしていたように思います。救急当直も延岡とは違った患者の地域性があり非常に勉強になりました。 その後、大学病院に戻ってきた自分は、1年目の基礎固めをどうにかこうにか終わらせ、次は発展編だと自分で勝手に銘打って張り切っていました。その後にローテートした病理部や放射線科では、今までになかった産婦人科への視点を、文字通り、色鮮やかに見せつけられ、新たな世界へといざなってくれました。今の自分に、これらで学ばせていただいたことがなかったら、大変なことになっていたと自分でも恐ろしく思っています。次のNICU・小児科はまさに産婦人科をする上で、切っても切れない診療科であり、新生児蘇生などの勉強ももちろんそうですが、ともに診療にあたる先生方の一人一人の顔を知れたということは非常に重要なことだと思います。

 2017年の10月からは、特化コースの研修担当の先生方とも話し合い、半年間早く産婦人科に携わらせていただくことになりました。産婦人科のチームの一員として受け入れていただき、研修医という身分ではありますが、本当にありがたいことに半ば医局員に近い形で診療に携わることが現在できています。毎日毎日、学ぶことが沢山あり、有意義な日々を過させていただいていますが、そのように任せられている責任としても、しっかりしなければならないと自覚し、気を引き締めて日々の診療にあたっています。

 2年間の研修を総じて振り返ってみると、大学病院での研修は、多くの諸先輩方と同期に囲まれた研修であり、さまざまなつながりを持つことができたように感じます。もちろんさまざまな知識や実技を学び、立派な産婦人科医となるために研鑽してきたことは重要ですが、初期研修で色々な科をローテーションする、という将来には絶対にない特殊な環境において、色々な方々に顔を覚えていただいたそのことが、素晴らしい事ではないかと考えています。そういう意味でも、将来の産婦人科医として大学に籍を置いて、2年間各科をローテートしたことは非常に有意義で素晴らしい研修ではなかったかと自分ながらに考えています。

 産婦人科特化コースというコースのことに関して最後に述べさせていただきたいと思います。このような特殊なコースになぜしたのかという問いをよくされます。自分でも明確なはっきりした答えが言えるわけではありませんが、自分への鼓舞のような面があったように今では感じています。『産婦人科特化』という看板を背負うことは、「自分は産婦人科医として一生頑張っていくのだ」ということを常に意識するということではないかと思います。人によっては決めるのが早すぎるという方もいらっしゃるかもしれませんが、初期研修医として色々な科をローテートする際に、もちろん同期の諸先生方の中には、そのようなことをしなくても当然のようにできる方々もいらっしゃると思いますが、漠然と学ぶのではなく目的意識を持って回れたことが自分にとって非常にプラスに働いたと感じています。前に述べたように、色々な科をローテートいただきましたが、ほとんど全てで、産婦人科で何かしら有用な、関わりのあることを学び、そして学べるように配慮いただいたと感じています。色々なことをできるようになりたいという思いも、なかったかといわれると嘘になるかもしれませんが、自分の大好きな産婦人科もまだまだ分からない事だらけであり、器用にこなせることができないような自分には産婦人科特化というコースは、芯が一本通り、研修していくうえで2年間全力疾走できたのではないかと思います。四六時中産婦人科の事を考えているような、そんな尖った人間になってしまったような気もしますが、そんなのめり込めるような科を見つけられたことは、自分は幸せだと思っています。

 最後になりましたが、先ほども述べましたが、これまで自分が研修をこのようにできていたのは、周りの皆様に支えられご配慮いただいたおかげと痛感しています。これまでご指導、ご支援いただいた諸先生方や、関係各所の皆さま、これまでかかわってきたすべての人たちに感謝したいと思います。本当にありがとうございました。

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