熊本大学病院初期臨床研修医 自由設計コース
城 雄也
common diseasesが経験できない、手技が経験できない、同期が少ない、、、と殊に初期臨床研修の観点からはその特性故の白眼視を感じぬでもなかった大学病院研修プログラムでしたが、学生の折を思い返すと病棟実習では担当症例について診察・カルテ記載・プレゼンテーションなど指導医から丁寧なフィードバックがあり、学生講義も国家試験対策や臨床を意識した実践的なものでした。こうした指導体制や指導医層の厚さは研修病院としても魅力的な点と思われ、研修センターや病院全体で処遇向上に取り組んでおられたことにも背中を押されましたが、何より研修医のうちから大学病院の複雑難解な症例を経験できることに惹かれて、馴染みのある環境で引き続き研鑽を積みたいと思ったのが熊本大学病院での研修を選択した理由でした。
四月を迎えた研修医室に足を踏み入れると四十名余を想定した広々とした造りに一年目の同期は七名、二年目の先生方はたすき掛けも含めて五名というスタートでした。多少慣れていたとはいえカルテの細かな使い方や物品の配置など判らないことばかり、あまつさえ殆どの診療科で頼みの綱の二年目の先生の姿は無く途方に暮れてしまいましたが、図らずも同じく入職したばかりの入局一年目の先生方に色々とお世話になることが多かったように思います。大学病院には自院を含め様々な研修病院で初期研修を終えたばかりの先生方がたくさん居られることが特徴の一つですが、行く先々の科で様々な医学知識や実務を教えていただいたり、進路の相談に乗っていただいたりと研修修了後の具体的な将来像として最も身近で心強い存在でした。
また大学病院のもう一つの特徴は教育機関でもあることで、かつての私もそうであったように学生は研修医同様各科を回りながら臨床や研究への理解を深めてゆきます。時には学生と研修医とが同じ症例を担当し、その場合には所謂「屋根瓦式」の教育体制の一環として研修医が学生に教える機会もあり、その勉強の過程で研修医同士の場合とは異なる意外な知識や至らぬ点に気づくことも多かったように思います。
大学病院の性質上やむを得ない点で症例数・手技数の多寡に関しては確かに市中病院に譲る部分もありますが、手技の度に入局一年目の先生と一緒に呼んでいただいたり、比較的commonと思われる症例を選んで担当させていただいたり(精査が進むにつれ思いがけず込み入った症例になることもまた一興でした)と非常に気に掛けていただき、私も一つ一つの症例を大切にすることを心掛けました。慣れてしまえば何ということのない手技でも初めのうちは緊張で何もかもままならないことは往々にして経験し、研修センターのシミュレータで何度も練習して本番に臨みましたが、ルート確保やPICC・CVC挿入、腰椎穿刺、エコー、内視鏡など練習できないものの方が少ないほど充実した設備には大いに助けられました。
また、一年目の年度末にローテートした救急部では動脈血ガス採取やエコーなどこれまでに練習してきた手技を反復して身につけられただけでなく、何より大学病院におけるcommon diseasesの窓口のような場所でありましたから、所謂一次救急における帰宅の判断、二次救急における入院後の病棟管理など幅広い経験を積むことができました。
瞬く間に一年が過ぎると、たすき掛けで外病院に居た同期も加わり二年目は十名、一年目は十三名と研修医が増え、やにわに賑やかになりました。優秀な同輩後輩が加わったこと、研修修了がちらつき始めたことも相まって焦りとも不安ともつかぬ気持ちが燻っていた頃、地域医療研修にて天草地域医療センターへ一か月間赴くこととなりました。
天草地域医療センターでは総合診療科にてお世話になりましたが、特に外来研修では疑われる疾患やその検査・治療方針・処方・次回受診日など、診察室にて患者やその家族と一人で相対しながら決定するという一連の流れを遅滞なく進めつつ、入院が決まればその準備や家族への説明など文字通り目の回るような忙しさで、外来業務が終わった後も病棟業務に追われる毎日でした。特に金曜日の夕方頃など状態の悪化したかかりつけ患者が開業医から紹介されて来院することが多く、指導医は「主訴金曜日」と仰ってにやりとされていましたが、その余裕が羨ましくて堪らなかったことを思い返します。研修当初は先生方や外来・病棟スタッフの方々に迷惑ばかりお掛けする不甲斐ない我が身へのやるせなさで押し潰されそうになることもありましたが、何とかこの一月を乗り切ろうと石に齧り付く思いで耐え忍ぶうちに次第次第に業務にも慣れ、恙無く地域医療研修を終えられそうな心地も覚え始めていました。
一週間程経ったある日、救急外来に一人の患者が搬送されてきました。問診・身体診察・血液/生理検査・画像検査と進むうちに特段の異常も無さげな印象から一転、蓋を開けてみれば明らかに悪性の様相を呈する各種検査結果からその病状説明は非常に厳しいものとなり、積極的な精査や加療は望まれず泰然とした様子のご本人とは対照的に、付き添いのご家族の反応は驚きと悲嘆とが相混じるものでしたが、ご本人の意思を汲んで緩和的な対症療法を行う方針を定めました。入院後にご家族から本当にそれほど悪いのかと尋ねられることもあり、私自身指導医から伺った予後予測を多分に短く思わぬこともありませんでしたが、ご本人は親族や知人へ連絡を取ったりその後のことを頼んだりと身支度を整えておられ、当初は驚いたものの残された時間がはっきり判って気持ちの整理もつけられたと何度となく仰るにつけて、そんなに心配しないくていいのよとあべこべに私が励まされながら暫くは穏やかな日々が過ぎてゆきました。入院して二、三週間経つ頃から血液所見や疼痛コントロールが少しずつ悪化し始め、採血頻度や徐痛ラダーの繰り上げについて検討した上でレスキューや持続でのオピオイド投与を開始すると、それから程なく息を引き取られました。
患者やその家族へ説明を行う際往々にして先生にお任せしますと言われ、それは医療面における医療者への全幅の信頼故のものであると感じますが、「全人的」な医療を提供するにあたって、この方もそうであったようにご自身の死生観と医学的適応についてはっきりと線引きされている場合は、医療者側は医学的に最良の方法と患者意思とを折衷せねばなりません。結果として殆ど当初の告知通りの経過で、残された時間の使い方において理想的な告知がなされた症例であったと思いますが、壮健なご様子だった初診時からお看取りまでを経験したことで、私自身の感情の揺らぎもあり、特に病状が好転することが考えにくい疾患における患者ご本人やご家族の思いについて、例えば気管挿管をした場合や鎮静/鎮痛薬を使用した場合のコミュニケーション能力や意識状態の低下等を正確に把握できていたか否かを幾度となく考える症例となりました。
長かった初期研修も残り僅かとなった今思い返すと、大学病院で一つ一つの症例について深く考える経験を積みつつ、市中病院にてより多くの症例に親しむという方法が非常に良かったと思います。私は一か月ずつ二か所の外病院にて研修を行いましたが、たすき掛けにおける豊富な選択肢を活かして県外へ出向したり一年間目一杯様々な市中病院を巡ったりと、皆思い思いの場所で研鑽を深めていたようです。
大学病院内でも独特な選択肢があり、法医学講座はその一つであったと思います。一般的な検案のみならずCT検案や解剖、検体の分析など死体現象や分析化学の一端に触れつつ警察や海上保安庁の方々とも関わる貴重な機会であり、学生の折に興味があったことも手伝ってとても良い経験になりました。全国の大学病院において必ずしも全ての法医学講座が初期研修医を受け入れているわけではないようですから、このような機会をいただいたことも熊大病院研修医の冥利に尽きる場面の一つであったと思います。
入職当初から現在に至るまで、研修センターの先生方は忙しい業務の合間を縫っては毎週研修医室に出向いてくださって、日々の悩みや研修の進捗について相談したり、時には飲み会の作戦会議をしたりと研修医のことを大変気に掛けていただきました。大学病院の好立地も相まって歓迎会・誕生日会・忘新年会など行事には事欠きませんでしたが、どれも素敵な思い出です。総合臨床研修センターや卒後教育担当の事務の方々にも研修先変更や種々の手続き、些細なご相談にて度々お手を煩わせてしまいましたがいつも快く応対していただきました。そして殆どの診療科を一か月で回るという駆け足気味のローテーションでしたが、大学病院各科・天草地域医療センター・くまもと県北病院の先生方やスタッフの皆様を含め、多くの方々の余りある支えをいただいて、大変実りある研修期間を過ごすことができました。
まだまだ至らぬ点ばかりですが、これまでに学び経験したことを僅かでも還元することを一つの恩返しとして、残りの研修期間そして来年度以降も引き続き精進したいと思います。二年間本当にありがとうございました。