研修だより

2年間の初期研修を振り返って

熊本大学病院初期臨床研修医 自由設計コース
小手川 真魚

 この度、初期研修医としての二年間を終える節目に際し、伝統のある本誌へ寄稿させていただく機会を頂戴しましたこと、心より御礼申し上げます。日々の診療においてご指導をいただきました諸先生方、研修生活を支えてくださいました研修センターの皆様に、この場を借りて深く謝意を表します。

 私は令和六年に本学を卒業しました小手川真魚と申します。卒業後は熊本大学病院の自由設計コースで初期研修を開始しました。このコースは、大学病院と地域医療研修に加え、最大三カ所まで協力型病院を選べるのが大きな魅力です。私は以下の様に、自分の希望を詰め込み、大学病院のほかに熊本医療センター、福岡徳洲会病院、そして地域研修では小国公立病院と阿蘇医療センターで研修を行いました。未熟ながらも必死に駆け抜けた二年間を、それぞれの病院での思い出とともに振り返らせていただきます。



 私の初期研修は、母校である熊本大学病院からスタートしました。最初はオーダーひとつを出すのにも、「自分の指示で患者さんに不利益があったらどうしよう」と手に汗握るほどの緊張の連続でした。そんな私を、学生時代から知る先生方が「研修医」として時に厳しく、時に温かく迎えてくださったことは、母校で研修を始める何よりの安心感であり、同時に「不甲斐ない姿は見せられない」という心地よいプレッシャーでもありました。大学病院で特に圧倒されたのは、各診療科でのカンファレンスの熱量です。そこには「なんとなく」といった曖昧な判断はなく、常に最新のガイドラインや論文という確かなエビデンスを基に、最適解を論理的に導き出していく。諸先輩方が徹底して「知」を追求される姿を目の当たりにし、私も必死にガイドラインを読み込みました。この「立ち止まって深く、論理的に思考する」というプロセスこそが、大学病院が守り続けている医療の矜持なのだと肌で感じました。ここで叩き込まれた、根拠を求めて調べ尽くすという真摯な姿勢が、その後の外病院での研修において、私の揺るぎない土台となりました。

 大学病院でじっくりと腰を据えて学ぶ毎日は、とても充実したものでした。そんな研修から次に向かったのは、福岡徳洲会病院です。熊本を離れ、慣れない土地で私を待っていたのは、想像をはるかに超える目まぐるしい日々でした。全国屈指の救急搬送台数を誇る病院で次から次へと運び込まれる患者さんを前に、最初は文字通り「手も足も出ない」自分に愕然としました。テキパキと動く他大学出身の同期や、瞬時に判断を下す二年目の研修医の姿が眩しさを通り越して、自分との距離に焦りを感じる毎日でした。しかし、そんな何もできず立ち尽くしていた私を支えてくれたのは、福岡徳洲会病院の徹底した「屋根瓦式」の指導体制でした。どんなに目まぐるしい夜間の救急当直であっても、常に救急専門医の先生方が背後でバックアップしてくださり、未熟な私を粘り強く、そして手厚く導いてくださいました。この「どんな時でも必ず見守ってくれている先生がいる」という絶対的な安心感は、いつしか私の焦りを、挑戦への意欲へと変えてくれました。ここでただ圧倒されているだけでは終われない。そう考えた私は、あるひとつのモットーを心に決めました。

 「今はまだ知識も技術も及ばないけれど、せめて『診た患者さんの数』だけは、誰よりも多く積み上げよう」

 そう心に決め、救急車はもちろん、ウォークインの患者さんも逃げずに、一人でも多く経験することを自らに課しました。泥臭く、人より多く患者さんを診察し続けるうちに、少しずつ点と点が線で繋がり、動揺せずに次の一手が打てるようになっていく自分を実感しました。がむしゃらに数を診ることでしか得られない成長が、確かにそこにはありました。また、この期間には志望科である心臓血管外科の先生方にも大変お世話になりました。手術の手技だけでなく、重症患者管理の厳しさや、外科医としての責任の重さなど、医師としての根幹となる基礎を叩き込んでいただいたことは、私にとって一生の財産です。福岡の地で揉まれたこの数ヶ月は、自分の中の「甘え」を捨てさせ、一歩前へ進ませてくれる貴重な時間となりました。

 初期研修の後半、小国公立病院および阿蘇医療センターでの地域研修は、私の医師としてのあり方を再認識させてくれるかけがえのない時間となりました。それまでの研修との決定的な違いは、初めて一人の患者さんの「主治医」として、入院から退院、そしてその後の生活までを預かる責任を担ったことです。大学病院で学んだ最新のエビデンスに基づいた思考プロセス、そして福岡徳洲会病院の救急外来で叩き込まれた迅速な判断と対応力。これまで必死に積み上げてきたそのすべてを、目の前の患者さんのためにどう最適化し、還元できるか。限られた医療資源の中で主治医として悩み抜き決断を下す日々に、これまでにない心地よい緊張感と大きなやりがいを感じました。病気だけを見るのではなく、その方の家族構成や家での生活環境、そして人生観にまで思いを馳せながら診療にあたる経験は、医療の原点に立ち返るものでした。また、病院の壁を越えて触れた地域の方々の温かさも、私にとって忘れられない大切な思い出です。仕事が終わると地元の居酒屋へふらりと足を運び、そこで出会う方々と食事を共にさせていただく機会がありました。最初はどこの誰かもわからない、ただの若い研修医だった私を、皆さんは「先生、先生」と本当に温かく迎え入れてくださいました。賑やかな笑い声の中で、お酒を酌み交わしながらこの土地での暮らしの豊かさを語ってくださる時間は、私にとって何よりの癒やしでした。こうした何気ない会話を通じて、私はこの土地で生きる人々の「日々の体温」のようなものを、肌で感じることができた気がします。小国と阿蘇の雄大な自然、そして何よりそこで出会った皆さんの笑顔は、これから私がどの道に進もうとも、医師としての心を支え続けてくれる大切な原風景になるに違いありません。

 振り返れば二年前の四月、ようやく医師としてのスタートラインに立ったあの頃は、己の無力さを痛感する日々でもありました。電子カルテの『食事オーダーの変更』ボタンの前で、何度も上級医の先生に確認しては躊躇していた日、今思えば些細な一歩かもしれませんが、当時の私にはそんな初歩的なことですら自分の判断一つで何かが起きてしまうのではないかと手が震えていたことを覚えています。そのような私が諸先生方のご指導の下、初期研修の二年間を走りぬくことができました。今、修了にあたって振り返ると、あの日々の緊張感こそが医師としての責任感の原点であっと感じています。それぞれのローテート先で、今の私を形作る大切な出逢いと学びがありました。大学病院で培った思慮の深さと、市中病院で学んだ実践の重み。この二年間で得たすべての経験を糧に、春からは熊本大学病院の心臓血管外科の道へと進みます。初心を忘れず、真摯に一人ひとりの患者様に向き合っていく所存です。


 最後になりましたが、常に良い刺激を与えあい、苦楽を共にしてきた同期の存在は私にとって何物にも代えがたい財産となりました。この最高の仲間との出逢いを誇りに思い、結びの言葉とさせて頂きます。