熊本大学病院初期臨床研修医 自由設計コース(柴三郎プログラム)
柳田 悠太朗
新緑の候、会員の皆様におかれましては、ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。熊本大学病院の2年次初期臨床研修医の柳田悠太朗と申します。この度は、本誌への寄稿の機会を賜りましたこと、心より厚く御礼申し上げます。私から2年間の初期臨床研修を振り返り、未熟な内容ではございますが、本稿にまとめさせていただきます。
私は2024年の3月に熊本大学を卒業し、4月より熊本大学病院にて初期研修を開始しました。また、熊本大学大学院生命科学研究部には初期臨床研修と博士課程進学を同時に行う柴三郎プログラムがあり、こちらのプログラムに参加しました。そのため、初期研修中の2年間は夕方以降や休日に研究室に向かう生活で忙しくなることもありましたが、基礎研究の視点も持ちながら臨床業務に従事することができ、独自の学びも多かったのではないかと回想しております。また、1年目の1月から3月の3ヶ月間は、済生会熊本病院にて救急外来の研修を行う機会を頂きました。三次救急かつ熊本大学病院以外の医療機関での研修は不慣れなことも多く、自身の力不足を痛感することもありましたが、指導医の先生方や周囲の研修医に支えていただき研修を進めることができたと思っております。さらに、2年目の8月には地域医療研修として、天草市の天草地域医療センターにて研修する機会を頂きました。熊本市内の総合病院とは病院の規模や役割も異なり、最初は戸惑うこともありましたが、先生方にご指導を頂き、在宅医療および外来診療等で貴重な経験を得ることができました。研修期間を通じて、自身の知識や経験の不足から周囲の方々にご迷惑をおかけすることもありましたが、指導医の先生方や病院職員の皆様には、常に温かいご指導を賜りました。この場をお借りしまして、皆様に心より感謝申し上げます。
大学院では生命科学研究部の分子脳科学講座に所属しており、主に精神疾患や認知症の発症要因の解明を目的に、1万人規模のコホート研究をはじめ、1サンプルあたり約85万件のDNAメチル化データ、1人あたり約2000万件以上の遺伝的多型情報等の大規模なデータに基づき、バイオインフォマティクス解析を進めています。その際に古典的な頻度主義統計学に加えて、ベイズ統計学を学ぶ機会がありました。ベイズ統計学の出発点となるベイズの定理の発見は18世紀であり、医療の分野では、疾患の有病率や検査の感度および特異度、病歴や身体所見の尤度比に基づいて診断プロセスを進める点に応用されてきました。その一方で、従来のベイズ統計学では現実世界の複雑なモデルを扱うことが困難とされてきましたが、近年の計算アルゴリズムの改良や計算機性能の向上により、それが可能になりました。具体的には、ベイズ統計学において複数のパラメータを含むモデルを構築する場合、高次積分を伴う複雑な計算が必要になります。これらを解析的に解くことは極めて困難であり、従来は複雑なモデルの実装において大きな制約となっていました。その解決策として、乱数を用いたサンプリングを反復するマルコフ連鎖モンテカルロ法(Markov chain Monte Carlo methods, MCMC法)が実用化され、高次積分の直接的な計算を回避することで、より高度で複雑なモデルの推定が可能になったと学びました。その成果は、大規模データ収集と学習を通じてモデルの改善を反復するベイズ更新のプロセスを支えており、AIをはじめとする学術研究や産業応用の広範な領域に影響を与えています。
2年目の秋に熊本大学病院の放射線治療科を研修した際に、印象的な出来事がありました。強度変調放射線治療(Intensity Modulated Radiation Therapy, IMRT)による治療計画の作成に携わることがあり、具体的には、放射線治療の対象である腫瘍の輪郭をCT画像上で指定したのち、放射線照射の方向をPCソフトでモデリングし、最適な治療計画を立てるという内容です。従来のX線透視画像による2次元放射線治療計画やCT画像による3次元放射線治療計画では、フォワードプランニングという方法で計画が作成されていました。具体的には、はじめに放射線科医が照射計画を作成し、暫定的に得られた線量分布に基づき、元の計画を修正することで最終的な治療計画を作成します。その一方で、IMRTが対象とする頭頸部癌や前立腺癌等では、周囲に唾液腺や直腸および膀胱等の臓器があり、放射線照射による有害事象を避ける点から、腫瘍に対しては高線量に、正常臓器に対しては低線量になるような線量分布を作成します。計画された線量分布は非常に複雑であり、人間の感覚に基づきフォワードプランニングで計画を作成することは困難です。また、特定の線量分布を実現するための照射パターンは無数に存在し、解析的に一意の解を導き出すことはできません。そこで、IMRTではインバースプランニングという手法が採用されています。これは、放射線科医が設定した目標線量分布に対して、計算機が最適な照射パラメータを探索することで、照射計画を立てるものです。具体的には、ベイズ統計学の実装において中心的な役割を果たすMCMC法の概念を応用したアルゴリズムを用いて、乱数に基づくサンプリングを繰り返すことで、臨床的に最適な照射パターンを目指すという方法です。医学部の学習では、IMRTの医療上の特徴を学ぶに留まり、それを実現する基礎的な技術を学ぶには至っていませんでした。放射線治療科での研修を通じて、ベイズ統計学で用いられるMCMC法が、IMRTの最適化計算において不可欠な役割を果たしていることを知りました。低侵襲かつ高い治療効果を有する現代の医療が、高度な数理処理に支えられている事実に深く感銘を受けました。
研修修了後、私は継続して熊本大学大学院の博士課程にて研究に取り組む予定です。統計学に加えて、人類集団における遺伝的多型の分布や疾患との関係を扱う集団遺伝学や、塩基配列の変化を伴わずに遺伝子の発現状態に影響するエピジェネティクスに関心があり、精神疾患の病態解明に向けて研究を進めようと考えています。臨床現場から得た疑問や課題に関連した研究を進め、将来的に何らかの形で成果を社会に還元できるよう、今後も一歩ずつ学びを深めて参りたいと考えております。
皆様が健やかな日々を過ごされ、実り多き初夏を迎えられますようお祈り申し上げます。今後ともご指導ご鞭撻を賜りますよう、何卒お願い申し上げます。