肝移植の手引き
1.血液型不適合移植
ドナーとレシピエントの血液型が、ドナーからレシピエントに輸血出来ない組み合わせである場合を「血液型不適合」といいます。同一である場合、「一致」、異なるが輸血できる場合(たとえば、O型からA型など)は、「適合」、といいます(図4)。
図4 |
AB型のレシピエントは、どの血液型から移植を受けるにしても、「一致」か「適合」になりますが、O型の方は、O型のからの「一致」以外は、「不適合」になります。血液型不適合肝移植は、強い拒絶反応などが大きな問題となります。
生体肝移植が始まった頃から、この血液型の組み合わせは問題となってきました。脳死肝移植では、不特定多数のなかからドナーが選ばれることになるため、不適合の場合の結果の悪さを考えて、血液型一致か適合の組み合わせが選択されます。しかし、生体肝移植では、限られた、「親族内」というドナー選択範囲があり、その中で血液型が適合するドナーがいない場合があり得ます。そのとき、他の条件はすべてクリアーしていて本人の意志も明確であるにもかかわらず、この血液型が不適合の方をドナー候補から外すか否か、というのは実際上厳しい選択になります。レシピエントが1歳以下の乳児の場合にはこの血液型の組み合わせは大きな問題にはならない、ということが以前からわかっており、現在もこの年齢層の不適合移植はあまり躊躇なく行われます。しかし、患者さんが成人である場合には、何もしないと、成功率は20%程度とされています。
このように、生体肝移植でのドナー選択範囲の制限から必然的に出てきたこの問題に対処するため、生体肝移植の多い日本から発信された対策がたてられてきました。対策の基本は、(1)ドナーから入ってくる肝臓を攻撃する「抗体」をできるだけ少なくする、(2)移植された肝臓で起こる反応を防ぐ、の2点です。
その対策の概略は以下の通りです。なお、この不適合移植対策はレシピエントに対してのみであり、ドナーには何ら通常の血液型適合生体肝移植以上に加わることはありません。
(1)対応の具体策
術前:
手術の2週間前に、リツキサン、という薬をレシピエントに投与します。この薬は、抗体を作る、「Bリンパ球」が作られなくなるような薬で、投与後数ヶ月効いています。
さらに、移植まで1週間頃から、血漿交換という処置をレシピエントに行って、レシピエントの血液の中にある抗体をできるだけ少なくする場合があります。具体的には、脚の付け根にある血管の中に、二つの通り道をもったカテーテル(細い管)を差し込み、これを機械につないで、一方の通り道から血液を抜き出して上澄み(血漿)と血球に分け、上澄みだけを捨ててしまい、もう一方の通り道から、献血で得られたAB型の上澄みを血球に混ぜてレシピエントの体に戻す、と言う方法です。血液を抜きながら同時に戻すためにこのように二つの通り道があるカテーテルを用います。1回の処置に3-4時間を要しますが、血液の中の抗体の濃さに応じて、繰り返し行うことがあります。
手術、術後:
脾臓という臓器がおなかの上の方、胃の左側にあります。この臓器は、古くなった血球を壊す働きや、抗体を作る働きがあるとされます。特に小児では免疫作用を保つために重要とされますが、実際、抗体が作られる場所は他にもあり、成人ではその働きはあまり重要ではないとされます。肝臓が悪い方は、この脾臓が非常に大きくなって血が壊されやすくなり、血小板減少などになっていることも多いです。不適合移植の場合には、この脾臓を、大きさに関係なく摘除してしまい、術後の抗体が作られる場所を少しでも減らそう、という方法がとられることがあります。ただし、全例ではありませんので、各ケースでの対処を個別に説明いたします。
さらに、抗体が少しでも残っていて移植された肝臓の中で反応を起こすことを阻止するため、移植手術の時に、肝臓へ入っていく血管の中に、おなかの壁を通して入れたカテーテルを差し込み固定して、術後約4週間、ここから特殊なお薬を点滴で24時間持続的に入れ続ける方法もとられる場合があります。おなかの壁にカテーテルが入るので、どうしても術後寝たきりに成りやすく、体全体の回復が遅れがちになることがあります。入れられる薬は、免疫抑制の一つであるステロイドと、PGE1と言われる、血管の中で血栓ができにくくする薬です。
基礎的な免疫抑制剤(タクロリムスなど)の量なども、通常の血液型適合移植に比べると少しヘビーになりますが、退院する頃には、大きな差は無くなっています。
(2)血液型不適合特有の合併症と成績
先の抗体が強い反応を起こすと、最悪、移植された肝臓が数日から2週間程度で壊死に陥り、肝不全となることがあります。このような場合、再移植をしなければ患者さんは死亡することになります。
このように急性の激しい反応ばかりでなく、肝臓の一部が壊死になってそこに感染を起こし、そのうち黄疸がひどくなって肝不全に陥ることもあります。
また、急性期を乗り越えても、胆管が変性を起こして胆汁の排泄が悪くなり黄疸がでたり胆管炎を繰り返してそのうち肝不全となる、というような場合もあります。
血液型不適合の場合の移植後生存率は、もともと小児では良かったのですが、上記のような対策を取り始めた2002年頃以降から成人でも良くなってきています。詳細は全国の統計(巻末)をご覧ください。