小腸移植の手引き
手術後長期経過した後の合併症
術後の長期的合併症として、1)拒絶反応、2)感染症、3)移植片対宿主病、などがあります。以下、そのそれぞれについて説明します。
拒絶反応
拒絶反応とは患者自身のリンパ球が提供された小腸の組織を攻撃することです。小腸移植を受けたすべての患者様(レシピエント)は、拒絶反応を防ぐために「免疫抑制剤」を投与する必要があります。これらは免疫力の低下や成長障害、糖尿病、腎障害などの副作用をひきおこすこともある薬剤ですが、移植手術後にはなくてはならないものです。もしも免疫抑制剤を全く使用しない場合には、拒絶反応はすべてのレシピエントにおこり、その移植した臓器は早晩壊死に陥ります。免疫抑制剤の主な効果は、移植小腸に対する拒絶反応を抑えることですが、この薬剤の投与により、レシピエントは感染症にかかりやすくなります。この感染は、レシピエントを取り巻く外界からの感染(伝染)というより、本来レシピエントのみならず多くの人が持っていて体内で共存してるような病原体(細菌、真菌、ウイルスなど)などによる感染症であることが多い、いわゆる「日和見感染」といわれるような状態が多いことが特徴的です。
拒絶反応が起こっていないかどうか移植後は、しばらくの間連日、手術から時間がたってきたら週に1−2回などの頻度で、人工肛門から内視鏡の検査を行います。拒絶反応の多くは免疫抑制剤の増量によって治療可能でありますが、小腸移植は他の臓器移植に比べ拒絶反応が起こりやすい臓器であるため、まれに、種々の治療に抵抗して拒絶反応が抑制できない難治性の拒絶反応、あるいは慢性拒絶反応と言われる場合もあり、この場合には、もういちど移植した小腸を取り出したり、再移植をしないと致命的になる場合があり得ます。
感染症
レシピエントは術後の拒絶反応を軽くするため免疫抑制剤を投与されます。免疫反応は様々な病気の原因となる微生物の感染から生体を防御する働きがありますが、この能力は免疫抑制剤によって低下します。そのため術後感染症が起こり易いので、一定期間全てのレシピエントが抗生物質や抗ウィルス剤、抗真菌剤の投与を受けます。時には、感染症が死にもつながる合併症になり、事実、先に書きましたように移植後数カ月以内に死亡するかたの原因の多くがこの感染症に起因するものです。また、拒絶反応に伴って、小腸の粘膜バリアが破綻し、腸内細菌が容易に血管内に移行し、全身性の感染症を引き起こすため、敗血症によるショックがおこる可能性があります。免疫抑制状態以外ではあまり問題とらない特殊なウイルス感染も、移植術後問題となることがあり、とくに、サイトメガロウイルス、EBウイルスがその代表的なものです。
免疫抑制を飲んでいる状態では、このウイルス以外でも、原因不明の悪性リンパ腫や、体のいろいろな部位での悪性腫瘍発生頻度が上がることが想定されます。決して高い可能性ではありませんが、一般的なこととして注意が必要です。
このほか、免疫抑制剤の長期的な副作用として、高血圧、多毛、歯茎の肉が厚くなる、腎臓障害、神経障害、などの問題があります。毎日、採血を行い血中の薬の濃度を測定してこまめに投与量を変えたりするなど、できるだけ副作用を少なくする工夫をして薬を使うように努めますが、どうしても不都合なときには、薬をいったん中止したり、変えたりする必要があります。
移植片対宿主病
拒絶反応は、患者自身のリンパ球が提供された小腸の組織を攻撃することですが、移植片対宿主病(GVHD)は、ドナー由来のリンパ球が患者の種々の組織を攻撃するという、拒絶反応とは全く反対の反応です。小腸移植では、他の臓器移植よりも多くのリンパ組織が小腸グラフトとともに移植されるため、GVHDは起こりやすいとされています。GVHDの症状は、皮疹、口腔粘膜潰瘍、肝機能障害などがあります。