患者様へ

肝移植の手引き

(4)生体ドナーの合併症

 肝臓の一部を切除する手術には、頻度が低いとはいえ手術の危険性と術後の合併症を伴います。全く健康な人に対する肝切除術の危険性は、肝臓病の方の肝切除の場合よりも小さいと思われますが、ドナー候補者が手術を決心するためには、手術に伴う危険性と合併症について理解しておく必要があります。

 日本では、1989年より2009年12月までに5653例の生体部分肝移植臓器提供者の手術が行われました。このなかで、1例のみ、ドナーが摘出手術後肝機能不全となり、5ヶ月後にそのドナー自身が肝移植を施行されるに至った症例があり、このドナーは不幸にしてその移植後4ヶ月で死亡されました。これが現在までの国内唯一の生体肝移植ドナー死亡症例です。この症例は、摘出された肝臓が相対的に大きく、残された肝臓が小さかったことと、肝臓自体に脂肪の蓄積する異常があったこと(脂肪肝炎という状態)が死因と大きく関連しています。国外でおこなわれてきた生体肝移植では、ドナー手術による死亡例が30例程度あると言われています。全例詳細な報告がなされているわけではないのですが、その死亡原因としては、残された肝臓の血管が捻れた、手術後足の静脈の中にできた血の固まりが肺に詰まって(肺塞栓=いわゆるエコノミー症候群)死亡された、手術後早期に消化管の感染症を起こした、などがあります。また、国内の死亡例同様、国外でもドナーが肝移植を必要とした例もあることが知られています。肝臓を一部摘出したことに直接関係した死亡原因ではないものもありますが、この手術をしなければ亡くならなかったであろうことは確かです。肺塞栓はどのような外科手術でもある確率でおこる合併症ではあり、国内でもいくつかの病院でドナー手術後生じた実例があります。幸い、国内ではいずれの症例でも治療で血の固まりを溶かすことに成功しドナー死亡には至らなかったことがあります。このように、ドナー手術には、切り取られる肝臓の大きさ如何によらず、致命的合併症が起こる可能性が存在します。その他、致命的とは言えないまでも、再開腹を必要とすることも含めた治療を必要とする合併症もあります。

 その外科的な合併症の中で最も多いのは、胆汁の漏れです。右葉摘出では約10%の確率で胆汁のもれが予想され、こうした場合、数週〜数カ月にわたって、腹部にドレーンという管を入れたままにして胆汁の体外への排出をはかりながら抗生物質の投与をしたりして自然に漏れが止まるのを待ちます。場合によっては再度開腹して、胆管の手術をするような外科的な処置が必要となることもあり、その様な場合には入院期間が非常に長くなる事があります。その他、手術後おなかや胸に水がたまる(腹水、胸水)、ストレスによる胃潰瘍、十二指腸潰瘍や出血、肺炎、癒着による腸閉塞、残った肝臓の胆管が狭くなっての発熱や黄疸(胆管狭窄)、手のしびれ、声がかすれる、などの合併症があります。癒着というのは胃や腸が、おなかの傷の場所や、肝臓の切離断面に付着してねじれたりすることで、このために食事が通らない、あるいは胃液すら通らなくなって頻繁に吐く、というような合併症もあります。また、創のしびれや痛み、お腹の張った感じなどは、個人差はありますが、約半数の方は、1年後にも感じるとされています。日本国内での全症例の調査では、ドナー合併症で命の危険を生じたり、積極的な治療を必要とするような比較的重症な合併症は3.5%の頻度で生じたと報告されており、1 〜 2 %の確率で、何らかの理由でのドナーの再開腹手術が行われたとされています。軽いもの重いものを含めると全体のドナーの約15%程度に合併症は発生しています。はっきりした病的な状態とは言えないまでも、寒くなると創が痛むとか、おなかが食後すぐ張ってしまってたくさん食べられない、などの不愉快なことが年の単位で続くこともあります。1年後でも、約半数のドナーは何らかの不愉快さを感じておられることがアンケートで示されています。熊本大学では、ドナーの再開腹は、今まで、癒着に対するもの2例、術後出血によるもの1例があります。癒着の2例のうち1例は左葉切除後、胃が肝の断端に癒着してねじれて食べ物が通らなくなり、術後3週間目で再開腹した症例、もう1例は、右葉切除後1年近く経過してからどうしても食事が胃から十分排出されない訴えがあり、再開腹して癒着をはずしたものです。出血後の再開腹は、手術直後に、脾臓からの偶発的な出血があり、当日に再開腹して止血したものです。

 熊本大学での生体肝移植における、ドナー合併症の一覧表を示します。

生体肝移植ドナーにおける術後合併症(熊本大学)
1998年12月~2010年12月 297例
腹部
胆汁漏 20人(6.7%)
創感染 9人(30%)
胃通過障害 9人(3%) 再開腹術2人(0.7%)
内視鏡的処置7人(2.4%)
十二指腸潰瘍 6人(2.0%)
腸閉塞 5人(1.7%)
腹腔内出血 1人(0.3%)
胸部
胸水(胸腔穿刺を要したもの) 4人(1.3%)
無気肺 1人(0.3%)
肺塞栓 1人(0.3%)
その他
末梢神経麻痺(手のしびれ) 6人(2.0%)
頭部脱毛 3人(1.4%)

 最近の肝臓外科の進歩により、正常な肝臓の切除手術では出血量はさほど多くないので、ドナーの手術ではふつう輸血の必要はありません。他人の血液を輸血する場合には、現在では輸血によっておこる感染症について充分な検査が行われていますが、それでも肝炎などの危険が全く無いとはいえません。そこで、輸血は緊急時用に用意はしますが、極力用いないようにしています。もちろん、どうしても必要な場合には輸血をせざるをえません。以前は自己血をあらかじめ採取していましたが、輸血がほとんど不要なため最近は行っていません。ただし、術後の出血や、術後の貧血の進行に対して輸血をした例が今まで2例あります。

 先に記載しましたが、麻酔にも合併症が伴うことがあり、たとえば、硬膜外麻酔で脊髄周辺に出血が起こり、これが脊髄を圧迫して下肢が麻痺状態になり、もとの状態に戻らなくなった例が1例あることが報告されています。麻酔に関しては、また麻酔科医にご質問ください。

 このように、手術と直接間接に関わる事柄でドナーの合併症が予想され、最悪亡くなってしまうことがあること、再手術を受ける可能性があること、予定入院期間が延びることなど、手術決定に際し、ドナーのリスク負担を十分に考慮していただく必要があります。

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