肝移植の手引き
(5)レシピエントの手術と術後経過
レシピエントの手術は、おへその上を横切る線と、これに交わるみぞおちからおへそに向かう線でできる、Tの字を逆さまにした皮膚切開で開始されます(図16)。
図16 レシピエントの術後早期の創(被覆材で覆ってあります) |
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まず悪い肝臓が取り除かれます。レシピエント自身の肝臓は一旦取り除かれるとこれを再び体内に戻すことはできません。なお、まれですが、自分の肝臓を一部残して移植する手術もあります(自己肝温存手術といいます)。その場合には詳細を別に口頭で説明します。通常は、レシピエントの肝臓は全て取り除かれてから新しい肝臓が移植されます。
レシピエントの肝臓が摘出されると、提供者から取り出されていた健康な肝臓が移植されます。一般に、臓器の「移植」とは、その臓器の血管をレシピエントの血管と縫い合わせてレシピエントの血液がその臓器に流れるようにする手術をいいます。新しい肝臓の血管とレシピエントの血管が縫いつながれ血流が再開されると、移植された肝臓は働き始めます。肝臓には、血が入ってくる血管が門脈と肝動脈の2種類、血が出ていく血管が肝静脈1種類、計3種類の血管があり、これらがすべて結合されます。各血管の本数は、1〜3本と各人によって異なります。血管が縫い合わされた後に、植えられた肝臓の胆管とレシピエントの胆管、または腸管とを縫い合わせた後、おなかの創を閉じて移植手術は終了します(図17)。その後、ICU(集中治療室)に運ばれて術後管理が行われます。
図17 レシピエントでの移植手術 |
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レシピエントの手術時間は、小児で8-12時間程度、成人で12-15時間程度が多いですが、かなり症例によって差があります。長い手術時間ですが、途中経過をお伝えするようなシステムがありません。やきもきされるとは思いますが、「便りのないのはいい知らせ」と考えて、お待ちいただきたいと思います。
レシピエントは、術後、一定期間(多くは2日〜3日)後にICUをでたあとは、普通の外科病室へもどって管理が続けられ、特に問題がなければ1〜2ヶ月で退院となります。この間、採血、レントゲン検査などが繰り返されます。胆管には、ステントと言われる胆汁が出てくるチューブが入れられてこれが体外に誘導されます。このチューブは、術後、胆汁がどれくらい出るか、色はどうか、などの目安に有用で、またここから造影剤を入れて胆管のレントゲンの検査を行ったりします。通常、3ヶ月以上たってから引っ張って抜去しますが、退院が早かったかたは、このチューブを入れたまま退院となり、外来で抜去するか、あるいは、抜去の時に熱が出る人が半分くらいの割合でいるために短期入院を要したりすることがあります(図18)。
図18 レシピエントの腹部(術後1ヶ月。胆管ステント留置中) |
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術後に肝臓の機能が悪くなったり、感染の兆候が見られた場合には、定期的な血液検査に加え、超音波検査(図19)、胆管造影、胃カメラ、血管造影などを緊急におこなう必要が出てきます。
図19 超音波検査(おなかの中の状態、肝臓の血流などをみる) |
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また、肝生検といって、おなかの皮膚に局所麻酔をした後細い針で、超音波のガイド下に肝臓を突いてその針の中に入った細かい肝臓組織を顕微鏡で見る検査をおこなって、移植された肝臓で拒絶反応などが起こっていないかを検査することがあります。成人では局所麻酔で可能ですが、小児では全身麻酔を必要とします。これには、出血の危険などがありますので最低2日の入院が必要です。
退院後は、はじめは毎週、大学病院か、あるいは近くの病院で血液検査などをうけて経過をみられることが必要です。安定してきたら、その間隔はもう少し長く(2週から1月に1回程度)できるようになります。術後半年以上たって肝機能も安定しており、手術合併症、拒絶、感染徴候もなければ、免疫抑制を継続して服用すること以外、とくに日常生活上制限はありません。移植後生存している方の多くは、学校や職場に復帰したりして、通常の生活を送っておられます。
以上のようなドナー、レシピエントのいろいろな検査や処置の一部を一般的経過とともに一覧表にしました。これが入院後、看護師から患者さんに示されます。これを「クリニカルパス」といいますが、あらかじめ、患者さんやドナーの方も、受ける検査や処置の内容、そして一般的な経過について、これをみて知っていただきたいと思います(図20、21)。まだ、一部のみですが、今後、種類を増やしていく予定です。
図20 |
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図21 |
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