肝移植の手引き
(3)レシピエントの合併症
肝移植は大手術で、多くの危険性があり、手術中、あるいは術後早期にレシピエントが死亡する可能性も決して無いわけではありません。元気に歩いて入院されたレシピエントが残念ながら不幸な結果となってしまうことも肝移植手術では現実として生じ得ます。レシピエントが早期に亡くなったのに、そのドナーは術後のケアのためにさらに入院を続けなければならない、という非常に厳しい状況が生じることもあります。このように、手術自体に大きな危険が伴い、また術後も種々の合併症がある手術である、ということを、以下の説明からご理解いただきたいと思います。
この手術は、肝臓手術の経験が豊富な医師の手によって行われますが、移植手術前のレシピエントの全身状態が非常に重篤な場合には、そのぶん術後合併症の生じる確率が高くなります。種々の条件で症例ごとの危険度は異なりますが、正確に個々の症例での致命的危険度を推測することは困難で、予測できない合併症で命が失われることが皆無ではありません。私たちは、経験を蓄積し、内外の知見を常に参考としながら、よりよい結果を得られるよう努めています。なお、手術の状態、また病気別の移植後患者生存率は、毎年、肝移植研究会から報告され、Web上でも閲覧が可能です(http://jlts.umin.ac.jp/)が、この説明の末尾に、最新の統計をまとめてあります。以下、発生する時期別に、個別の合併症を説明します。
1)移植後早期の合併症
生体肝移植をうけられるレシピエントに関する外科手術にまつわる、早い時期に起こる合併症は次の5つに分類されます。a)出血、b)つなぎ合わせた血管を血液がよく流れず、狭くなったり詰まってしまう合併症、c)胆管をつなぎあわせることにともなう合併症、d)感染症、e)拒絶反応、です。これらの中には、術後非常に早い時期におこるものから、数ヶ月以上たってから生じるものもあります。
a) 出血
肝臓は、腹膜という膜でお腹の中で固定されており、肝臓の表面はつるつるしていますが、内部は、血液を大量に含んだスポンジ様で、そのままメスで切ったりすれば大量の出血があります。通常、肝臓移植では、レシピエントの肝臓は全て切り取られるので、このように肝臓を切り分ける処置はありません。肝臓を摘出する時の合併症は、肝臓を周りの構造物から切り離す過程で起こる出血が主なものです。特に肝硬変の患者さんなどでは、側副血行路といって、硬くなった肝臓に入れなくなった、腸からの血液(門脈血)が、正常では存在しない細くて脆いバイパス血管を通って心臓へかえっていくルートが無数にでき、これを切り離す過程でたくさん出血することがあります。図に、熊本大学でのレシピエント手術中の出血量を示します。成人での最多は、35Lにもなった症例があります(図23)。
図23 |
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b) つなぎ合わせた血管に血が詰まって流れなくなってしまうこと(血栓)
血管をつなぎあわせた場合、つなぎあわせた部位から出血したり、逆につまったりすることがあり、特に、直径が2mm程度と細い、「肝動脈」の縫合部位に起こることが、術後早期にあります。この事態が特に術後2週以内の早い時期に生じると、移植した肝臓に大きな打撃を与えます。このような合併症をおこすと、移植肝に充分な血液が流れなくなり、移植肝がまったく働かなくなることもあるので、血管を修復するための再手術(再移植ではありません)が緊急に必要となります。ただし、日本国内の今までの生体肝移植の成績では、このように血管が早期につまったりする合併症は1-2%程度とされています。
動脈以外の、門脈や肝静脈が早い時期に詰まったりすることは多くはありません。しかし、もしそうなったら、手術や放射線科的な治療手段を講じないといけなくなることがあります。
c) 胆管の合併症
移植される肝臓には、肝臓が作る胆汁を流すための胆管があり、これは移植手術で、レシピエントの胆管と縫い合わされることになります。ただ、胆道閉鎖症の様にレシピエント側に胆管が無い場合や、胆管があってもいろいろな理由で移植された胆管とつなぐことができない場合もあります。このような時は、胆管をつなぐ相手として腸が用いられます。よって、移植肝の胆管は、レシピエントの胆管か、腸に縫いつけられることになります(図17_2)。
図17_2 |
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胆管は主に肝動脈からの血をうけています。したがって肝動脈の血流が悪いと、胆管への血行が悪く胆管の組織が死滅し、胆汁が漏れたり、胆管が狭くなって胆汁の流れが悪くなることがあります。また、たとえ動脈に問題が無くても胆管の問題は生じえます。
胆汁の漏れは、手術後の早期(1か月以内、多くは2週間以内)に起こることが多く、一方、狭くなること(狭窄)は、数ヶ月以内が多く、時に術後数年経っても起こることがあります。胆管の吻合では、ぬい合わせる双方が強くひっぱりあったりせず、つながる部分の血行がよく保たれるように慎重に手術を行いますが、それでも、このような胆管合併症は15%程度の頻度で生じます。漏れたり狭くなった場合でも、術後の処置(再開腹手術や、レントゲンで見ながら風船で広げる処置など)により改善しうる可能性はあります。ただし、たとえば胆汁漏れが原因となって全身の感染症が引き起こされ、これが致命的になる可能性も、少ないですがあります。
d) 感染症
肝移植を行う必要がある患者さんは、手術前から弱っていることが多いですが、ここに10時間以上かかる手術の影響と、免疫抑制剤という自分の自然な外敵防御能を弱める薬剤の使用から、時に手術後2週間程度の早期には、いろんなきっかけで感染症が成立し、そのために亡くなる症例もあり、感染症が術後早期での死亡原因の最多を占めます。
この感染症のきっかけには、いろいろありますが、大きく分けて、手術した腹部の問題と、それ以外の問題とがあります。
腹部の問題としては、おなかの中で胆汁が漏れる、腸管に穴があく、手術の時に汚染された部分に膿が貯まる、などがあります。特に、これまで受けた手術によって腸管が癒着していたりするとき、移植手術中に行われた腸管に対する手術操作によって、移植手術後に腸管の破裂または腸管出血が生じたり、縫い合わせた部分がうまくくっつかない「縫合不全」という状態が生じて腹膜炎となることがあります。これは、場合によっては致命的になることがあります。その治療のために再開腹手術を必要とすることもあります。胆道閉鎖症や、再移植のケースでは、移植前にすでに開腹手術を受けているため、癒着がひどいことが多く、またもともと肝臓に細菌を持っていることもあって、感染症が起こりやすい傾向にあります。
腹部以外の感染症としては、点滴用の中心静脈(首や胸などから入っている)血管内カテーテルが感染する、肺炎を起こす、などが頻度の高いものです。カテーテル感染は、他に感染源が無さそうで、急に寒気を伴うような高い熱が出たときに疑います。血液をとり、培養と言って、その中に細菌やカビなどがいないか調べます。ただ、その結果を待たず、原因かもしれないカテーテルを抜いて、点滴のルートを手足に代えてみて経過を見ることも多くあります。カテーテルによる感染であった場合には、抜くことによって速やかに解熱します。しかし、結果的にはカテーテルが原因でない場合には、解熱せず、後から他の原因がわかったりすることがあります。
肺炎は、胸のレントゲン撮影やCT等で診断されますが、時に急激に悪化して呼吸困難に至ったりすることもあります。そのような場合には、ICUに入って人工呼吸器をつけるような集中治療を受けることがあります。
感染の症状として最も明らかなのは、発熱です。発熱の他に、血液検査でわかるCRPという数字が上がる、血液の白血球数が増える、などが診断に使われますが、体の痛みや発赤(赤くなる)などの症状、いろいろな体液が汚くなる、などの所見なども総合的に参考にして診断を進めます。治療は、基本的には感染のもとを取り除くことですが、それが出来ない場合も含め、抗生物質やカビに効く抗真菌剤などを投与し、さらに免疫抑制剤を減らしたりやめたりして体の抵抗力を維持するような手段もとります。
e) 拒絶反応
その他の合併症
このほか、早期の合併症としては、無気肺(肺の一部に空気が入らなくなることで、呼吸障害を起こしたり、肺炎の原因になったりする)、全身感染に伴う肺の機能障害などによる呼吸障害も多く、時には長期にわたって気管の中に直接管を入れて人工呼吸器による呼吸管理を必要とする場合もあります。また、手術前から腎臓機能が低下している人も少なくなく、さらに、手術中や術後早期に、種々の原因で腎臓の機能が低下した場合には人工透析を必要とする場合もあります。
拒絶反応も早いものでは術後5日目くらいから生じることもありますが、一般的には2-3週目頃からが多いので、次の項で述べます。